スポーツと地域

トレイルランニング大会の無謀な挑戦

 走る人が増えるほど、自然が豊かになっていく――。そんなキャッチフレーズを掲げたトレイルランニング大会が10月15日、岡山県真庭市・蒜山高原と新庄村一帯で開かれます。スポーツを環境保全に活用しようという新しいコンセプトで3年ぶりに再開する「FORESTRAIL HIRUZEN-SHINJO 2022 supported by GREENable」(フォレストレイル)。スポーツと環境がどうつながっていくのでしょうか?開催の真意をこの大会の草創期から関わる記者が現地で見つめてみました。

 刈払機を肩に担いで斜面をよじ登ると、かつて切り開いた山道は背丈ほどの長さに伸びた笹に覆われ、消えかけていた。GPSの画面を頼りに慎重に踏査しながら4人がかりで笹を刈り倒していく。初夏を迎えた6月下旬の蒜山の山はブナの緑がエメラルド色に輝き、ひんやりとした風が汗ばんだ首筋をなでていった。

 フォレストレイルは蒜山・新庄村地域の豊かな自然を地域づくりに生かそうと、地元と競技愛好者らが2016年に手作りで立ち上げた大会だ。コースは既存の林道や舗装路に加え、古地図を参考に既に廃道となっていたかつての杣道などをボランティアの手で少しずつ再生させながら往復約70㌔を整備した。

 2016~18年まで3回連続で開催。しかし、2019年は台風で流れ、2020年以降はコロナ禍で中止を余儀なくされていた。3年という歳月は、トレイルを元の原野に戻すのには十分な時間だったのだろう。6月上旬に大会の再開が決まって以降、ボランティアチームは既に延べ10日以上山に入りコース整備を急ピッチで進めている。

コース整備のために山に分け入る

 そもそも新庄村という岡山県内でもっとも小さな村の「村づくり」から始まった大会は、大きな曲がり角を迎えた。新型コロナという非常に感染力の強いウイルスの脅威は県内で最も自然に近いこの小さな村にも平等に襲いかかってくる。毎年500人以上が出場する大会の「人を集める」という行為に対するイメージは、それまでとは180度変わったものになっている。創設メンバーの1人で、事務局を務める岡山大の高岡敦史准教授=スポーツ経営学=は「一度止まった大会を再起動させるには、新たな付加価値をアピールする必要があった」と明かす。

 その象徴とも言えるのが今回新たに設けた「グリーナブルアクト」だ。選手が参加料プラス1,000~3,000円を支払い、チェンソーや刈払機を使って自らコースになる登山道づくりを体験する。一部コースを実際に試走できるコースもある。スポーツフィールドとして活用される自然は常に人の手を入れないと維持できないこと、走るだけでは感じられない山の手触りや魅力を知ってもらう。自らコース作りに加わることで大会だけでなく、この地域に対しても愛着を持ってもらおうという取り組みだ。実際、8月6日に三平山周辺で行われた第1回では、地元の山を守る林業のプロが指導する中、チェンソーを使った伐採木の玉切りや滑りやすい登山道の手入れなどを約4時間体験してもらい、参加者に好評だったという。

グリーナブルアクトの様子。ガイドが森をレクチャーしてくれる。

 コース整備の重労働をさせながら、金まで取ろうという一見〝無謀〟とも思える試みだが、見方を変えれば「金を払っても自分が走る山を守りたい」という選手(サポーター)がいるということで、地域や大会関係者にとってこれほど勇気づけられることはないに違いない。開催後のフォローを次第では、他の大会にはない選手と地域の新たな関係性を築いていける可能性を秘めているように思える。

 このほか、大会では参加料の一部は地元の山林保護のために寄付する予定だ。

 実行委員会では、自然保護と自然活用を明確に区別している。自然を保護するためには、なるべく人の手をかけずあるがまま放っておく方がいい。一方、活用というのは誰か利用する主体があってこそ成り立つ関係性だ。この場合、利用する主体とは当然、「人間」を指しており、逆に言うと利用する人がいなければ、活用できる自然はなくなってしまうということになる。

 副実行委員長で地元の林業家・黒田眞路さんは「年に1回大会が行われることでトレイルが整備されるようになると、普段から山に入る人が増えた。山に入る人が増えると行政や森林組合も定期的に手入れをせざるを得なくなる。山や自然に親しみを感じる人も増えているのではないか」と手応えを口にする。

 ただ、利用増と自然破壊が常に表裏一体の微妙な関係であることもまた、事実だ。特にトレイルランは、全国的なブームで競技人口が増えるとともに、その舞台となる山への負担の増加もたびたび指摘されてきた。

 競技委員長の村松達也さんによると、富士山麓で毎年開催される国内最大規模の大会「UTMF」が始まった2012年ごろから、大勢のランナーがトレイルを走ることに環境への負荷が表面化してきた。UTMFでは、一度に2千人以上のランナーがコースを走る。貴重な植物が踏み荒らされる恐れがあるのはもちろん、「最も懸念されるのは『連続踏圧』」だという。連続踏圧とは、大勢の人が同じトレイルを通る事で地面を踏み固めること。固くなった地面は吸水力を失い、雨水が流れることで路面を筋状に削ったり、路肩を崩したりする恐れがある。

 毛無山や蒜山高原といった大山・隠岐国立公園内を走るフォレストレイルでは、環境負荷の懸念が大きいエリアを走る人数を600人程度に制限している。これは、踏圧を1年以内に回復可能な程度に抑えるためだ。レース後にもボランティアがコースをチェックし、毎回モニタリングレポートを環境省に提出している。

 最後に、日本人として始めて海外のレースに挑戦するなどトレラン界の〝レジェンド〟として知られる村松さんに今回のコースの魅力を紹介してもらおう。

 コースは朝鍋鷲ケ山~三平山を縦走するロング(67㌔)、蒜山高原をぐるりと回るミドル(37㌔)、蒜山大山スカイラインの展望地までを往復するショート(16㌔)の3つがある。累計標高3600㍍のロングは、村松さんによると「実力者にとってはどんどん走れる高速コース」。ハイライトとなる朝鍋~三平間の稜線からは中国地方最高峰の大山や遠く隠岐の島まで、国立公園の核心部が見渡せる。いずれのコースもみずみずしいブナ林の中を走るレイアウトで、初秋のレース当日は、早くも色付いたブナの葉が黄金色にきらめいているかもしれない。村松さんは「これだけの規模のブナ林を走るコースは珍しい。他のレースにはない美しい景観を楽しんでほしい」と呼び掛ける。

大会の詳細やエントリーは、公式HP(https://forestrail.com/)から。

久万 真毅

WRITTEN BY

久万 真毅
新聞記者。スポーツまちづくりをテーマにした連載取材班として、「2016年度ミズノ スポーツライター賞最優秀賞」を受賞。小学1年から大学卒業までは剣道、現在はシーカヤックやテレマークスキー、渓流釣りを嗜む。アウトドアスポーツを活用した地方の活性化に関心がある。1977年生まれ、倉敷市出身。