定点観測

パラスポーツは,産業イノベーションの生みの親

東京パラリンピックの模様は,NHKの特設ページでネット配信されている.
そこに,驚くべきことがあった.
手話のCGアニメーション字幕・合成音声による実況を,ライブストリーミング映像に合わせてほぼリアルタイムに自動生成しているのだ.

今大会では,手話CG実況は車いすラグビーと車いすバスケ,ロボット実況は車いすテニス,車いすバスケ,車いすラグビー,競泳,卓球,シッティングバレーボール,バドミントンに限られるようだが,個人種目/集団種目の偏り,あるいはネット型種目/ゴール型種目の偏りがないみたいだから,種目特性の壁はなさそうだ.

仕組みとしては,あらかじめ各競技ごとにひな型を用意しておいて,リアルタイムに送られてくる競技データに基づいて実況用のテキスト(文章)を自動生成させて,それに基づいて手話や音声を合成するというものだ.
自動生成の裏側にどんな技術が隠れているのか分からないが,映像解析・テキスト化・音声&CGアニメーション合成のすべてを自動化する技術が普及したら,誰でも自分が作成した動画に手話や実況を付けられるようになる.

かつて,イノベーションの重要なトリガーは軍事技術開発だった.技術開発の成果が安全保障上の成果に直結するから,膨大な国家予算が投入され,基礎研究も含めて活発に推進されてきた.しかし,特に大学等での基礎研究については,その技術の最終的な使い道が問題視されている.

一方で,スポーツにまつわる技術開発は,誰もが持つことを認められる「スポーツを楽しみたい」という基本的な欲求や,「スポーツを楽しみたくても楽しめない人がいる」という社会課題をアクセルにしている.実況のための手話や音声の自動合成のようなスポーツ観戦支援技術の開発や,義足や車いす等のスポーツ用具開発にまつわる研究開発はその典型例だ.これらの技術の最終的な使い道は,(戦場ではなく)スポーツの現場だ.

もちろん,スポーツに関わって開発された技術が軍事へ転用される可能性はゼロではないし,その技術開発の果実を一部の企業だけが享受することもできるから,「スポーツ・ウォッシング」(一部の企業や政権に都合の良いことを,スポーツのポジティブさで洗い流して推進すること)にならないように監視していくことは必要だ.しかし,それでも,これからはスポーツ関連技術開発の方が,イノベーションのトリガーとしてパワフルになってくるのではないかと期待したい.

髙岡 敦史

WRITTEN BY

髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。