定点観測

自己啓発セミナーに踊る末期的な世の中

仕事の関係で,初めて人材開発セミナーのようなものを聴いた.
「『〇〇理論』で私は成功しました!」というよくあるやつだ.

「先生」と呼ばれる理論提唱者の下に数百人,数千人が集って講義を聴き,その中の熱心な受講者が講師になって広めていく.セミナー講師は当人の人生の before & after を語る.〇〇理論に出会う前と後の劇的な変化だ.仕事も家庭もすべてうまくいくようになりました,ということらしい.そして,この理論を学ぶべきだ,と説く.

少し考えれば分かることだが,あらゆる人の人生を好転させる唯一絶対の方法論や理論など存在し得ない.
その出元が心理学者と呼ばれる人が科学的根拠をもとに構築した理論であったとしても,だ.

「こうしたら,こうなる」という因果論の適用可能範囲は,常に限定的だ.
例えば,「運動をすれば健康になる」という因果関係は,「『適度な』運動をすれば」という限定の中でしか適用されないし,心筋梗塞のリスクの高い人は運動そのものがリスクだ.
「考え方を変えれば,成功する」という因果関係も,考え方を変えられる生活環境にある人にしか適用されないし,そもそも成功という結果も人それぞれだ.共有していい因果論には程遠い.
統計学的に明らかにされた因果関係すら,5%程度の誤差を常に含んでいる.少なくとも100人に5人は当てはまらないのだ.

そういうことを一切考慮せずに,この理論を学ぶべきだ,と説ける無神経さというか,ハートの強さには驚きすら感じるが,往々にしてそういうセミナー講師は,意識高い系や成功者のようなキラキラさを醸し出しながら話をする.自信満々だ.完全にその理論の妥当性と普遍性を信じている感じだ.
そういう雰囲気がいよいよ私との間の心理的距離を大きくし,内容に対して批判しようとする気すら失せさせる.
そして最終的には,この文章を書きながらセミナーを聴き流すことになるわけだ.

本屋さんに行くと,自己啓発系の書籍が溢れている.
しかもそれが売れるという.
藁にもすがる思いで単純で分かりやすい因果論に助けを求めなければいけないこの社会の末期感が恐ろしい.
今すぐにでも何とかしたい!という危機感が蔓延しているのだろうか.落ち着いてゆっくり考える時間と他者と対話する時間がないのだろうか.いずれにしても,社会の混迷度が高まるほど新興宗教のようなものが流行る.今まさにそういう時なのだろうと思う.

髙岡 敦史

WRITTEN BY

髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。