定点観測

トップアスリートが持っているホントの力②:能力転移の問題とその解決

前回,トップアスリートが課題発見・課題解決能力とセルフマネジメント・タイムマネジメント力を持っていると述べた
これらは,すべての社会人に求められる基本的な能力だろう.
トップアスリートは長年にわたる自律的な競技生活を通してそれらを身に付けている.

しかし,もしそうなら,セカンドキャリアに悩むトップアスリートはいなくなるはずだ.状況はそんなに楽観できるものではない.

まず,スポーツに関わる生活しか経験してこなかったトップアスリートほど,自分自身の能力に気付いていない.ジュニア期から続けてきたことで,ごく自然にしてきたことだからだ.
もし,そうした自己の能力に気付いていたとしても,それが企業経営における仕事で成果を出すためのものに自動的に転移するわけではない.現役時代に発揮していたそれらの能力は,競技パフォーマンスを高め試合に勝つためのものであって,普遍的な(一般的な言い方をすれば人間力とか社会人力のような)能力として身に付けてきたものではないからだ.

ここに,トップアスリート自身による能力の意識化・見える化が必要になる.それが,この長期インターンシップ事業の最も重要な目的だ.

課題発見・課題解決能力は,責任ある仕事を任されるインターンシップを通して,何度となく要求され,案外できるじゃん,と気付くだろう.受入先企業にも,アスリートにはそういう能力があるはずだ,と伝えてあるから,事前期待も大きいし,能力発揮も促されるはずだ.

また,アスリートとしての生活時間の合間を縫っての企業インターンシップは,かなりしっかりしたセルフマネジメントとタイムマネジメントができないと難しい.本業に支障のないようなインターンシップになるようにリモートワークを取り入れる等の調整はするものの,マネジメントはアスリート本人に委ねられる.インターンシップでの仕事は業務委託契約上の報酬が支払われるから,文字通り副業になるわけだが,二足の草鞋(デュアル・キャリア)を成立させる経験は,自己がすでに持っている能力に対する大きな自信につながるだろう.

アスリートの資質・能力が普遍的で競技スポーツ以外の領域に転移可能なものになるためには,ネクストキャリアとなる職業や企業,事業,仕事が,現役時代の「パフォーマンス向上」や「勝利」という目的に取って代わるほどの興味・関心や目的,目標になる必要がある.そうしたものに出会うためには,自分自身の能力の普遍性に気付き,それらを生かすことができる大切な仕事や生き方とはどんなものか,をできるだけ長く,深く考える時間が必要だ.「引退してから考えよう」では全く遅いのだ.

そのためには,現役中は競技のことだけ考えていればいいという規範を打ち消し,現役時代からの無理のない二足の草鞋が成立させられる環境を用意する必要がある.
パフォーマンスと集客力・発信力で公共的価値を有しているトップアスリート.
彼ら彼女らを,まちにとって重要なスポーツインフラとして活用するなら,二足の草鞋の成立環境の整備を本人の責任だと断じるのは無責任だ.

髙岡 敦史

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髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。