定点観測

スポまちニュース批評:スポーツ界のDX推進構想

スポーツ界のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進の国家戦略を策定する構想があるらしい.

これからの社会は,人間の膨大な生体情報(体温,心電,筋電,体脂肪,骨量,基礎代謝率,活動量)や心理データをセンシング技術によって収集し,ビッグデータとして集積・分析することで,個人にとって最適な商品・サービスを提供することができるようになると言われている.

ズボフ(2021)は,こうした個人データの収集と生産がネットによる大規模な監視によってなされるプロセスを「監視資本主義」と名付けている.

すでにGoogleのような検索エンジンやFacebookやTwitterのようなソーシャルメディアプラットフォームは,オンライン上でのわたしたちの行動や心理を収集して商業目的で利用する企業に販売している.
生体データの大規模収集も早晩始まる.すでに心拍や睡眠をトラッキングするウェアラブル・デバイスやスマートウォッチは市場に広がっている.ベッドやソファー,自動車のシートがセンサーになっているような非拘束型センサーも生まれている.看板が視線(注視点)の動きを追って興味や嗜好を掴むこともできるようだ.

こうした状況でスポーツ界のDX推進戦略のニュースだ.
トップアスリートやスポーツ愛好家の情報を集積・活用するという.彼ら彼女らから生体データを収集するのはいとも簡単だろう.もうすでに彼ら自身が収集して利用している.それが新たな商品やサービスに利用されるわけだ.
もしかすると近い将来,サッカーくじやバスケくじを購入する際に,賭けるゲームのスターティングメンバ―の調子の良さなどが本人たちの生体情報からグラフ化され,わたしたちはそれを参考にするようになるかもしれない.気持ちの良い話ではないな,と思うのは時代遅れだろうか.

まちのあらゆるところにセンサーが張り巡らされることを想像してみたい.
監視カメラは映像だけを収集するものでなくなる.家の玄関のドアノブから,歩道,駅の改札,タクシーやバスのシート,飲食店の座席にはセンサーが埋め込まれ,あちこちに情報収集用ドローンが飛んでいる.体育館やフィットネスクラブでのスポーツ活動やスタジアム・アリーナでの観戦はデータ収集の最前線になるだろう.

こういう状況を想像する時の気持ち悪さは,一人ひとりにぴったりな情報やサービスの提供によって解消されるのかもしれない.

一般市民は,データを提供する側に固定化される.一方で,データを収集・利用する側は大きなビジネスチャンスを得る.歴史的に見ると価値創出のためのリソースの所有が社会的格差を生んできた.土地の所有権が地主と小作人を生み,機械の所有権が資本家と労働者を生んだ.これからは情報の所有が新たな資本家と消費者を生むだろう.もうすでにGAFAMがそうなっている.Apple社の時価総額は3年ちょっとで3倍に膨らんだ.富の集中は止まらない.

DX推進によって,スポーツも生産する側と消費させられる側にはっきりと分かれることになる.
しかし,スポーツは文化だ.
スポーツをしたり,観たり,支えたりするわたしたちが価値創出の主体にならなければ,単にお金で買えるエンタメ商品になってしまう.

情報の一極集中は止まらないだろう.
だからこそ,わたしたちは自分自身の身体と感性,他者の身体と感性との交流,そして自然環境への感度を今まで以上に高め,大切にしていく必要があると思う.

髙岡 敦史

WRITTEN BY

髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。