定点観測

スマホ依存に意志は持てるか?

私はスマホなしには生活できない.
メールやメッセージはすべてのアカウントのものがスマホに届くし,仕事のファイルはクラウド上にあってスマホから閲覧・編集できる.車もスマホと接続していて,行き先検索もナビゲーションも,音楽再生も電話も,運転しながら「OK, Google」と声をかけて起動させる.写真や動画の撮影も音声の録音もすべてスマホでできる.スマホを無くしてしまったら何もできなくなると言っていい.生活インフラとして完全に依存している.

科学技術の発達は,基本的には,人を幸せにしてくれる.
科学の発達が悲劇を生んだ原子爆弾投下の歴史を知っていても,科学技術の発達は止まらないし,技術の利用も止まらない.

今や,スポーツファンの市場分析は,メール配信への反応,SNSやスマホアプリの利用状況の分析,入退場やチケット・商品購入時の顔認証・顔決済,AIなどの様々な最先端テクノロジーを活用したものになりつつある.スポーツファンの様々な行動を分析して,その背後にあるファン心理を深く広く理解することができる.いわゆるDXというやつだ.
スポーツファンマーケティングのDXの有効性が高いことが実証されれば,何ページにもわたるアンケート用紙を,何人もの調査員で大量に配って回収する手間は必要なくなるだろうし,5%程度の誤差を含む心理測定尺度を用いることもなくなるかもしれない.

しかし,「なんて便利なんだ♪」と,もろ手を挙げて喜べないこの気持ちは何だろう.
技術開発のスピードに追いつけないオッサンになってしまったのだろうか?
いや,引っ掛かっているのは,「それでスポーツマネジメントは成功に近付くのだろうか?」という心もとなさだ.

消費者や市場を理解する,ということはつまり,人が人を理解する,ということだ.
人文社会科学の世界では,人と社会をどうやって理解するか,が追究されてきた.
人の心理状態を測定するアンケート項目(測定尺度)は無数にあって,その信頼度も統計学的に数値化される.社会全体のマクロな状況も,多くのデータを集めて統計的に分析する方法がすでに整備されている.これらは「定量的方法」だ.解析システムの高速化と集積データの大量化によって,今ではビッグデータを用いて深くまで測定することができるようになっている.
一方で,人や集団を観察したり,対話したりして理解する方法もある.「定性的方法」と呼ぶ.本音まで聞き取るデプス・インタビューやフォーカスグループインタビューという手法だ.

スポーツのようなファンビジネスの世界では,まずは消費者の理解から,と考えることが多い.
スポーツをすることも,スポーツをみることも,原理的には「その人の自由」だからだ.消費するもしないも自由なサービスを売ろうと思えば,「どうすれば買ってくれるだろう」と考えるのは自然なことと言える.この思考法は「マーケットイン」と呼ばれる.市場の動向に合う商品・サービスを提供しようという考え方だ.スポーツビジネスはマーケットインの考え方を採用しがち,ということだ.

しかし,スポーツマネジメントとは,単にスポーツプロダクトの生産・提供をすることなのだろうか?
否.それ以前に,スポーツをする文化・みる文化を育むことを大きな使命としているはずだ.
どういう文化を育みたいのか,が先にあれば,提供したい価値を提供側が設計するプロダクトアウトの発想になるはずだろう.

プロダクトアウトの発想には,論理的・統計的な思考やマーケティング的思考ではなく,意味の思考やアート的発想が必要になる.
 「スポーツのどんな意味や価値を大きくしたいのか?」
 「人々のスポーツライフをどう変えたいのか?」
 「この地域のスポーツ文化をどのようなものに育てたいのか?」
 「人々にとってのスポーツはどういうものであってほしいのか?」
そんな問いに回答する,ということだ.
市場分析のDXも,AIも,これらの問いには答えられない.なぜなら,回答は「意志」だから.

自分自身も含めて,技術に依存せず,意志を磨きたいものだ.

髙岡 敦史

WRITTEN BY

髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。