定点観測

メダルじゃなくてスポーツを観よう

新聞もテレビも,日本代表選手の競技結果の報道ばかりですっかり食傷気味だ.
特に,メダル獲得が有力視されていた日本代表選手の敗戦については「メダル逃す」とか「まさか」という言葉が並び,あたかもメダルを獲ることが事前に決まっていたかのような言いぶりだ.

スポーツは,その時に発揮された技能が高かった方が勝つものだ.
これまでの競技成績やベスト記録などを参考にメダル獲得を有力視しているのだと思うが,勝敗はどこまでいっても発揮された技能の差による結果で,偶然などではない.「プレッシャーに押し潰された」という表現で敗戦の原因を評することがあるが,メンタルコントロールも技能の内だから,負けたのは技能が低かったからに他ならない.そして,過去の実績が格上の相手に対して,事前の予測に反して勝利することもまた必然だ.その時発揮された技能が高かったのだ.

選手一人ひとりは,自身の技能の高さによってそれぞれの競技成績の目標が設定されている.
金メダル獲得が適切な目標になる選手もいれば,決勝トーナメント進出が適切な選手もいる.金メダルを目指すことが誰にとっても適切なターゲット設定になるわけではない.
適度にオーバーアチーブな目標を掲げることで,集中力やモチベーションを高めることができる.達成することが難しすぎる目標や簡単すぎる目標では,パフォーマンスが向上しないことが分かっている.また,競技成績は相手との競い合いによって決まるから,適切な目標設定には,対戦相手の技能や試合時のパフォーマンス発揮可能性の分析が欠かせない.(なお,ベスト記録の更新といった自己に閉じた目標設定なら,対戦相手の分析は必要ない)
体操競技などでは,相手が構成してくるであろう演技とそのベストパフォーマンス時の得点によって,こちらの技の構成を決める.実施できる技には選手の技能によって差があって,それまでの大会でおよそ分かるから,事前の演技構成の時点で差があるのだが,実際には種目の演技順が順位によって違ったり,メンタルコントロール等の技能差があって構成通りのミスのない演技は難しかったりするから,勝敗は当日決まることになる.

大切なことは,選手各自が設定した目標を達成できたかどうか,だろう.
金メダル獲得を目標にしたけれど銀メダルに終わった選手と,決勝トーナメント進出を目標にしてそれに到達した選手とでは,後者の方がオーバーアチーブを実現していると言える.

しかし,オリンピック報道は,メダル獲得の有無のみに偏っている.
このメダル至上主義のオリンピック報道は「成果主義」と相性がいい.勝敗という単純な結果だけで選手たちを評価しようとする態度だ.

連日のオリンピックの結果を,競技スポーツの結果として報道するなら,技能差が明確に現れた場面や勝敗が分かれた決定的な場面を取り上げたり,あるいは技能差が生じた原因を準備期や試合期のピーキング,当日のフィジカル・メンタルの状況に遡って分析したりすることが必要だろう.
体操競技そのものを報道するなら,予想される演技構成時点の総得点(公表されないからあくまでも予想)に対する達成度で評価する視点も必要だろう.その上で,ミスのない演技だった場合の総得点が他国代表と比べて高かったのか低かったのか,を冷静に分析する必要がある.体操男子団体総合では,ロシアオリンピック委員会(ROC)に対して0.103点届かず銀メダルだった.もし,演技構成の総得点の差がもっと大きかったのなら日本代表の方が良い演技をして差を詰めたことになるし,総得点が日本代表の方が高かったのならROCに逆転されたことになる(体操関係者に話を聞くと,中国を含めた3カ国はほとんど差がない状況だったとのこと).「銀メダル獲得」,「リオ五輪に続く2連覇ならず」という報道では,本質は何も分からない.

メダル獲得だけに注目するのではなく,選手たちのパフォーマンスそのものを観たいものだ.

髙岡 敦史

WRITTEN BY

髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。