定点観測

金メダリストは,なぜすごい?(下)

「金メダリストは,なぜすごい?(上)」から続く)

スポーツの本質は技能の競い合いにある.スポーツをしよう,ゲームをしようという原動力は競い合いの楽しさにあるのであって,結果として勝敗が決まるということは,競い合いを促進するためのものに過ぎない.

卓球の伊藤美誠さんはそれを体現していると思う.
7月28日,シングルス準決勝進出を決めた直後のインタビューでは,

「毎日毎日,今できることをやりきろうと思っているので,しっかり今日はやりきれましたし,明日もしっかりとやりきれるように準備をしていきたいと思います.毎日楽しく試合ができているので明日も楽しんで勝ちにいきます」

とコメントしていた.自身のパフォーマンスを最大限発揮すること,そしてゲームを楽しむことを心がけている様子が伺える.ゲームを楽しもうという姿勢は伊藤さんにとって重要なようで,29日の3位決定戦の第1ゲームを落として迎える第2ゲーム開始直前,会場で観戦していた石川佳純さんから「楽しんで!」という声が飛んだという.その後,4ゲームを連取して勝利した直後のインタビューでは,

「今日,実際まず勝ったことが一番だけど,3位決定戦も全てというか、サーブレシーブはすごくよくなかった.全体がよくなった状態で試合に臨めなかったので,そこは悔しい気持ち」

と,日本の女子卓球初の個人でのメダル獲得という結果よりも,納得のいかない自身のパフォーマンスについてコメントしていた.
彼女にとっては,試合に勝つことよりも,そしてメダリストになることよりも,目の前のゲームを楽しみ,相手に対して最大のパフォーマンスを発揮できることの方が大切なのだろう.スポーツの本質が彼女の中にはあるように思う.

この感覚は,水泳の萩野公介さんにも見て取れる.
200m個人メドレー決勝進出が決まった直後,彼は涙を浮かべながら,こう言った.

「本当にいろいろなことがあったが,もう一本泳げて、決勝に行けるなんて.一本,自分の泳ぎをするだけ.自分らしい泳ぎで恩返しできればと思う.こんなすごい贈り物を神様がくれた.あしたはあしたの風が吹くと思う.(同じく決勝に進出した瀬戸)大也と泳げるのもすごく幸せ.(コーチの)平井先生の前で一本でも多く泳げる.
オリンピックの神様が力を貸してくれていると思う.(涙は)うれし泣き以外の何物でもない.幸せ者だなと感じて.全力で泳ぐことだけが僕にできる最大のこと.ある意味結果は二の次というか,僕が最高の泳ぎをすることが最高の結果につながる一番の近道だと思うので全力で泳ぐ.(瀬戸と決勝に行くことは)本当に最高のギフト.頑張りたい.」

リオ五輪で3つのメダルを獲得した後,一時は競技から離れるほどの不調を抱えた彼だからこそ到達した境地なのかもしれないが,スイマーとしての喜びは,やはり泳ぎを競い合うことで,ライバルとともにレースができることが幸せなのだ.決勝のゴール直後,メダルに届かなかった彼らふたりの笑顔は幸せそうだった.

出場選手たちが競い合いを楽しんでいる様子は,スケートボードやフリースタイルBMXといったストリート系種目やサーフィンなどにも見られる.新種目だから歴史がない,若い人たちがチャラチャラしている,などと思わず,そこにあるスポーツの本質を感じてほしい.

伊藤美誠さんや萩野公介さんのようなトップアスリートは,競技パフォーマンスの高さも,それを身に付けるのに費やした時間も努力も,成長するための創造力も人並外れている.そして何より,技能の競い合いというゲームに真剣に身を投じて,それを純粋に楽しむことができるということが,何かに真剣に取り組むために日々努力し,成長しようとしているわたしたちのロールモデルになりうる最大にして唯一の条件なのではないだろうか.

オリンピックに出場しているすべてのアスリートが,「メダルを獲得することが目標です」と語るのではなく,「競い合うことを真剣に楽しみたい,そしてもっと成長したい」と語ることができれば,アスリートの社会的な価値はもっと大きくなるだろう.
そして,わたしたちは,メダリストだけを称揚するのではなく,競い合いを真剣に楽しんでいるアスリートから何かを感じ取りたいものだ.

髙岡 敦史

WRITTEN BY

髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。