定点観測

ROT・RPTってなに?

Refugee Olympic Team(難民オリンピック選手団),Refugee Paralympic Team(難民パラリンピック選手団)が注目されている.
リオのオリンピック・パラリンピックで初めて出場が認められ,今大会で2大会目だ.
オリンピックにおいては,リオ大会では4カ国から10人だったが,東京大会では11カ国から29人に増えた.パラリンピックでは,リオ大会の2カ国2人から,東京大会では4カ国から6人の参加があり,徐々に拡大している.

東京大会のROT選手の出身国は,シリアが最も多く7人,イラン5人,南スーダン4人,アフガニスタン3人と続き,エリトリア,イラク,コンゴ共和国,コンゴ民主共和国,カメルーン,スーダン,ベネズエラ出身がひとりずついる.また,パラリンピックRPTには,シリアから3人,イラン,アフガニスタン,ブルンジから一人ずつ参加している.

紛争に巻き込まれたり,宗教や人種等の理由で迫害を受けて他国に逃れなければならなかった人々を「難民」という.
他国において認定された難民が世界中に約2640万人いて,難民認定されることを希望している「庇護希望者」が約410万人いる.そして,国境を越えておらず難民として保護されていないものの難民と同じような苦境に立たされている人々を「国内避難民」と呼び,約4800万人いる.また,国家の成立等の過程で国籍が認められなかった「無国籍者」が約420万人いる.それらを総称して難民と呼んでいる.

彼ら彼女らは,世界中にいる難民等およそ8270万人を背景にしたアスリートたちだ.パラリンピックは難民の中に1200万人もいると言われている障害者のより厳しい生活を背景にしている.

テレビ中継でも,ROT・RPTの選手はよくカメラに抜かれる.
しかし,画面上の選手名表示欄には,「ROT」「RPT」とあるだけで出身国は表示されない.解説者が多少触れる程度だ.
前述したように,難民と一言で言っても,その内容は様々だ.一人ひとりの選手の出身国には,それぞれの状況があるはずだ.
「約〇〇人」という数が10万人単位の概数であることも大雑把な話だが,オリンピック・パラリンピックに出場する様々な国から逃れてきた難民選手たちを難民選手団と一括りにするのもかなり大雑把だ.
独裁政権と弾圧されていたスンニ派による民主化運動との間で9年続くシリア内戦については,よくニュースで映像を見ていた.しかし,その他の国についてはよく知らなかった.難民選手団という括り方で紹介されるだけでは,今まさに目の前でパフォーマンスしている選手のことを理解しきれないと感じた私は,早速,選手たちの出身国を調べてみた.

例えば,コンゴ民主共和国は20年間,国内紛争している.カメルーンでも政府軍と政府から分離した武装グループの衝突が続いている.また,ブルンジ共和国は国民の8割以上が貧困ライン以下の生活をしていて,政情不安の高まりとともに政府による市民への弾圧と暴力が続いている.ベネズエラでは,国内の政情不安と混乱からくる食糧難から武装グループや盗賊が市民を次々と襲っている.

日本に暮らしていると想像もできない恐怖の状況が世界にはある.
ましてや,障害があることで生活はさらに厳しいことになるだろう.ダイバシティやインクルージョンなどと主張する以前の,生存の危機が差し迫っているはずだ.

東京に来ることができている選手たちは難民認定された国で生活しているから,大会終了後すぐに生存の危機に陥るわけではないだろう.しかし,ほぼ全ての選手が,日常の生活を捨て,故郷や母国から脱出しなければいけないという経験をしているのだ.(トップ画像のパラこん棒投げに出場しているアリア・イッサ選手は,両親がシリア難民で,彼女自身はギリシャ生まれだ.そういう境遇の選手もいる.)
彼ら彼女らは,そんな状況下でも,スポーツを続けたいと願った人たちだ.
彼ら彼女らにとって,スポーツはどれほど大切なことだったのだろう.

「スポーツは平和や安定・安全の上に成り立つ」と言われる.コロナ禍でスポーツは不要不急のこととされがちだ.しかし,難民選手団の選手たちにとって,スポーツは必要不可欠なことなのかもしれない.
そういう想像をしながら,観戦を続けたいと思う.

なお,UNHCR難民高等弁務官事務所が発行している最新のレポート「UNHCRグローバルトレンド2020」は見やすく整理されているので,ぜひ一度見てみることをお勧めする.

髙岡 敦史

WRITTEN BY

髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。