定点観測

まちを変える、まちが変わる④:スポーツがもたらす変容の連鎖

前回,まちを変えるトリガー・パッケージが<システムの変更+人工物の更新→人間の変容>ではないか,と提案した.今回は,スポーツがこのトリガー・パッケージの創出にどう寄与できるかを考えてみたい.

まちを変える影響力をもつ「スポーツ」には,色々ある.
まちや地域を巻き込み,経済的にも社会的にも波及効果のあるスポーツイベント,人々の地域に対する意識を変えたり,様々な波及効果をもたらすプロ・スポーツクラブの活動,地域の人たちが自らの地域生活を豊かにするために運営する地域スポーツクラブ,多くの人たちを集わせ,健康増進や交流を生むスポーツ施設や日常的に運動や散歩に訪れる運動公園や街区公園などだ.

こうしたスポーツインフラは,それが生み出されたり,規模が大きくなるのに従って,それを支えるためのシステムの変更が必要になる.例えば,大規模シティ・マラソンの開催に際しては特例的な道路封鎖や公園使用が実施され,それがその後のイベント開催を容易にする前例になったり,参加する人たちの運動習慣を変えたりする.また,スポーツ施設や公園の整備(つまり人工物の更新)は,周辺の交通システムの変更や周辺地域住民の生活習慣を変容させる可能性が大きい.
プロ・スポーツクラブによる定期的なホームゲーム開催は,スポーツファンの生活習慣を変えるだけでなく,周辺の商業施設の営業スケジュールにまで影響を及ぼし,取引連関のリズムを変える.集客力の高まりによって経済波及効果が大きくなることが確実なら,ホームゲームを開催するための大規模なスタジアム・アリーナの新設も動き出すかもしれない.そうなれば,建設周辺エリアの再開発も動き出す.

そして,このようなスポーツインフラによって引き起こされたシステム変更や人工物の更新は,人間の変容に直結する可能性が高い.シティ・マラソンの開催やスポーツ施設・公園の整備等によって引き起こされた地域住民の生活・運動習慣の改善は,まちでの生活に対するイメージを明るく健康的なものにするかもしれない.最新のスタジアム・アリーナを拠点に活躍するプロ・スポーツクラブは,ファンのまちへの誇り(シビック・プライド)や住み続けたいという思い(居住継続動機)の源泉になるだろう.

また,スポーツインフラの機能や活動が直接,人間の変容をもたらすことも多い.プロ・スポーツクラブの活躍や社会貢献活動は,ホームタウン住民の地域に対する意識を変えたり,クラブに触発されて社会貢献の行動を起こす可能性がある.クラブにもっと深く貢献したいと思うファンが始めたボランティア活動が,非スポーツの領域にまで拡がる可能性もある.良質なスポーツ施設や公園,魅力的なスポーツイベントの存在は,地域住民の地域愛着を向上させたり,居住継続動機を高めたりするかもしれない.

こうしたスポーツインフラ機能は,いずれも,スポーツをしたり,観戦したり,スポーツを支えたりする楽しさや感動,健康増進,生活の張り,生きがいといった身体や精神へのポジティブな効果を基盤にしている.

する・みる・ささえるというスポーツとの関わりは個人の活動だ.だから,スポーツとの関わりは受益者負担とされ,そのため商品化が進み,まちに暮らす人たちはスポーツ消費者に仕立て上げられる.
しかし,この考え方からは,スポーツからまちを変えるという発想は生まれにくい.スポーツとの関わりが生み出す身体的・心理的効果は個人のものだが,その効果に惹かれて多くの人が集まり,交流することで,システム変更や人工物の更新が起こりやすくなる.人々の意識や行動の変容も,スポーツをともにする仲間との交流やスポーツの場に集まった人たちの同調性や凝集性から生じやすくなる.
つまり,まちを変えるスポーツの力とは,スポーツがもつポジティブな願いの下に人々を集める力,なのだろう.

(まちを変える、まちが変わる(終) に続く)

髙岡 敦史

WRITTEN BY

髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。