定点観測

“部活動の地域移行” 再考①:リスク

部活動の地域移行に関する記事が殊の外反響が大きく,多方面からご意見やヒアリングの連絡が届いている.


部活動廃止?(上)ー部活動改革の最先端ー(2021.10.08)
部活動廃止?(中)ー部活動廃止は世紀の愚策か?悩める学校の救世主か?ー(2021.10.09)
部活動廃止?(下)ーどう考えるか?ー(2021.10.10)
部活動廃止?(番外)ー部活動新構想ー(2021.10.11)

様々な立場の方々とディスカッションすることで,私自身の頭の整理も進んでいるから,改めて考えたい.

先日の「定点観測」では,運動部活動が以下のような課題を抱えていて,地域移行の発端がこれらの問題の解決にあったと書いた.
 ・素人教員の使命感に依存しちゃってる問題
 ・種目選択できない問題
つまり,中学生・高校生年代の放課後のスポーツライフの大部分が運動部活動によって支えられてきたものの,その持続可能性が問題になっているというわけだ.

そして,スポーツ庁や経済産業省において今まさに始まった運動部活動の地域移行論議は,究極的には運動部活動の廃止を目指すものであり,そこには次の3つの欠陥があると述べた.
 ・地域の受け皿足りない問題
 ・学校教育力下がっちゃう問題
 ・地域教育力低い問題

運動部活動の地域移行論議は今に始まったわけではない.いずれも地域スポーツクラブがその受け皿になり得ないか,と議論されてきた.しかし,地域移行が全国的な実現に向かわなかったのは,どこに暮らしていようと,どんな家庭状況でも,等しくスポーツに親しむことができるという「セーフティーネットとしての運動部活動の役割」と,その活動を学校教育の制度的・文化的な枠組みの中で展開することで成立させてきた「運動部活動の教育的機能」が,地域スポーツクラブでは担えないと判断されたからだろう.

確かに,このふたつの役割・機能には欠陥もあるし,持続可能性に問題がある.しかし,今の論議が腑に落ちないのは,過去の地域移行の不成立に対するリフレクションがほとんどない上に,民間スポーツ事業者を巻き込んだ地域完全移行が(学校教育の一環としての運動部活動の課題解決ではなく)地域スポーツビジネスの振興を目指して目論まれていることのリスクを隠しながら進められているからだ.

考えられるリスクは,次の3つだろう.

【地域間格差と学校間格差が一気に拡大する】
運動部活動の地域移行の受け皿や活動を支援する主体には,地域スポーツクラブや民間スポーツ事業者,大学等が考えられるが,そうした団体・事業者がきちんと活動している地域は限られていて,地域移行のできる地域とできない地域が生まれる.その格差は,都市部と中山間地域・島しょ部との間で顕著だろう.また,地域外の受け皿主体と連携するかどうかの最終判断は,学校長次第だ.
そして,特に中学校には学区制が採用されているから,地域移行の恩恵を得られるかどうかは,どこに暮らしているかで決まる.スポーツ環境に恵まれた地域への人の移動が加速し,恵まれない地域のスポーツ環境はさらに悪化するだろう.

【全地域のスポーツ環境を持続可能にする資金循環モデルは描けない】
経産省の研究会は,支える側のトップスポーツが稼げるようになり,子どもたちの放課後スポーツ活動を成立させる資金循環が成立することで,家庭の所得格差によって子どものスポーツ機会の質が左右されないとしている.しかし同時に,保護者が質の高いスポーツ環境に相応の対価を支払う価値を見出せていないことを問題視し,認識の転換を求めている.つまり受益者負担も必要だ,ということだ.
地域移行論議を現実感をもって前進させるためには,どの地域でも成立する資金循環のビジネスモデルが必要だが,そんなものは存在しない.

【学校教育力が一気に低下する】
これは「部活動廃止?(中)ー部活動廃止は世紀の愚策か?悩める学校の救世主か?ー(2021.10.09)」でも書いたが,運動部活動の機能は,スポーツ教育的なものだけではない.中体連や高体連には研究部があって,部活動だけでなく,授業づくりについても学校教員の相互研さんの場になっている.年代を超えた教員のネットワークとして公式的かつ巨大なものだ.
しかし,地域移行に伴って,部活動に積極的に関わる学校教員は激減するだろう.大会の主催や運営も見直されれば,中体連・高体連の役割は一気に小さくなる.組織の存在意義から見直されることだろう.授業づくりをめぐる相互研さん機能が拡大すると楽観的に考えることはできない.

こうしたリスクをいかに回避するかは,地域移行論議の中心になければならないはずだ.
運動部活動の持続可能性問題は確かに存在する.地域スポーツ振興も,スポーツに資金が集まり循環することも必要だ.それらをすべて同時に成立させる方法はどこかにあるはずだ.少なくとも,運動部活動を生贄にして地域スポーツ振興とスポーツビジネス推進を進めるのはセンスがない.

※関連記事
“部活動の地域移行” 再考②(2021.11.02)
“部活動の地域移行” 再考③(2021.11.03)

髙岡 敦史

WRITTEN BY

髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。