スポーツと地域

最大の〝障害〟は岡山の水辺環境!? パラカヌー選手を支えて

 57年ぶりとなる東京パラリンピックが9月に幕を閉じました。パラアスリートたちの輝かしい活躍は、「障害があっても素晴らしいパフォーマンスを発揮できる」という可能性を示すと同時に、その可能性の芽を摘んでいるのは社会の側ではないかという課題も私たちに突き付けます。障害者スポーツに注目が集まる今だからこそ、障害者のスポーツ環境について、少し考えて見ませんか?

 およそ5カ月ぶりに浮かんだ水上の心地よさにパラカヌーの山田隼平選手(28)の顔から思わず笑みがこぼれた。「今日は、久しぶりに楽しいぞ」。弾んだ声を聞くと、サポートするこちらもうれしくなる。

 200㍍のスプリントで競うパラカヌーには、両端に水をつかむブレードがついたパドルを使う「カヤック」とシングルブレードのパドルで外側に1本のフロートがついた船を漕ぐ「ヴァー」の2種目がある。山田選手は「カヤック」で、障害の程度は3クラスある中で最も軽度の「L3」。乗っている船は長さ約5メートル、幅50センチ。健常者の競技艇よりは安定しているが、水に浮いた丸太に体育座りをする自分を想像してほしい。運動神経に自信があっても初めてで乗りこなせる人はほとんどいないだろう。

 岡山県の強化指定を受ける山田選手だが、この新型コロナウイルス禍ですっかり水は縁遠い存在になってしまった。生まれつきの難病で下半身の感覚がほとんどなく、自力では歩けない。最近、主な練習場所にしている高梁川河川敷はコンクリートの階段を下りなければ水辺にたどり着けないため、不安定なカヤックに乗り込むには、大人二人で両脇を抱え上げて山田選手を船まで運ぶ必要がある。重症化リスクの高い山田選手にとっては、この密着したサポートそのものが生命を脅かす可能性があり、ワクチンの普及が進み、感染状況が落ち着くまではなかなか水上練習を再開できない状況が続いていた。

 記録をたどってみると、山田選手のサポートを始めたのは2019年1月からのようなので、付き合いはもう丸2年半になる。山田選手が務める会社の知人から、「どこか良い練習場所はないか?」と相談を受けたのがきっかけで、実はこれまで多くの時間をその「練習場所探し」に費やしてきた。

 最初に目を付けたのは、会社近くの山中にあるダム湖だった。遊歩道に車を置き、カヌーを下ろす桟橋までは数十㍍の山道を下っていかねばならない。週1回の練習日には、毎回山田選手を担架に乗せて社員4、5人で運ぶという大がかりな作業が必要だった。これはしばらく続いたが、人手がかかりすぎて会社への負担を考えるととても持続可能な方法ではなかった。「なだらかな砂浜からなら乗りやすいのでは」と海で練習したこともあった。岡山市の旭川や玉野市の港の桟橋など車椅子で近づけそうな水辺の情報を聞いては、実際に足を運んでチェックした。

 岡山で障害者が水上スポーツを楽しむにはかくも大変な苦労を強いられる。

 カヤックやボート競技が盛んな香川や島根、福井県などでは車椅子から直接艇に乗り移れるバリアフリーの桟橋を備えた練習場があるのに。

  地元で「カヌーの里」と親しまれる島根県美郷町出身の山田選手にとって、カヌーは物心ついた時から身近な存在だったという。普通の子どもたちがかけっこをするようにごく自然に友達と水の上に出ては、障害のあるなしに関係なく遊んでいたという。小学時代は剣道に取り組み(驚くことに片手を床について移動しながら片手で竹刀を振っていたらしい!)、中学時代はカヌー部に所属。健常者の生徒に混じって障害者用よりさらに細く不安定な競技艇を操っていた。高校生になり車いす陸上に転向して一時カヌーから離れていたが、東京パラ開催を期に再びパドルを握る決心をした。

 パラ五輪の「パラ」には、「もう一つの」という意味が込められている。対になるのは当然、健常者の五輪ということになるわけだが、山田選手は常々、「この『パラ』がいつか消えてなくなる世の中にしたい」と話している。障害者も健常者も分け隔てなくスポーツを楽しめる世界。これまでボランティアで山田選手のサポートを続けてきた理由は、その考え方に強く共感するからでもある。

 普段車椅子生活の山田選手にとって、カヌーに乗って一度水の上にこぎ出せば、そこは全く障害がハンディにならない文字通り「フラット」な世界だ。いや、むしろ水上にいれば山田選手の方が普通の健常者よりもよほど自由であるかもしれない。15年以上、パドルスポーツに親しんだ者としては、同じ体験を他の障害者とも分かち合いたいが、その最も大きな障壁となっているのが岡山の水辺環境だ。

 スポーツ庁の調べでは、障害者(成人)のスポーツ実施率(週1日以上)は24.9%に過ぎず、健常者(成人)の59.9%とはかなりの差がある。東京パラでは、多くの障害者アスリートが活躍し感動を与えてくれたが、その足元には「スポーツをやりたくても出来る環境がない」という無数の失意や諦めが埋もれていることも自覚する必要があるのではないか。スポーツ基本法に定められた「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営む権利」に障害の有無は関係ないはずだ。岡山でも全ての障害者が、好きなときに好きな水上スポーツを楽しめる環境作りが進むことを望む。

久万 真毅

WRITTEN BY

久万 真毅
新聞記者。スポーツまちづくりをテーマにした連載取材班として、「2016年度ミズノ スポーツライター賞最優秀賞」を受賞。小学1年から大学卒業までは剣道、現在はシーカヤックやテレマークスキー、渓流釣りを嗜む。アウトドアスポーツを活用した地方の活性化に関心がある。1977年生まれ、倉敷市出身。