定点観測

観戦下手の観戦論① 観戦スタイル自己診断

スポーツを観戦すると,心も身体もどっと疲れる性分だ.
他の人もそうなのだろうか?

ピッチを走り続ける選手を見ていると,こちらの胃腸の血流量が減る感じがする.失敗できない場面や一点を争う緊迫したゲームは,こちらまで緊張して脈拍が上がる.ひと試合通して観戦するとヘトヘトになるから,観戦できるのは心身ともにエネルギーがかなりある時に限られる.
どうすれば,気軽に観戦できるようになるのか,知りたい.
そのためには,私が「どういう観戦の仕方をしているのか」を知る必要があるだろう.

齊藤ほか(2020)の研究は,スポーツ観戦の認知レベルの能力を明らかにしている.その研究によれば,スポーツ観戦に必要な知性には「個人プレー認知能力」と「チームプレー認知能力」があり,感性には「心理共感力」,「身体共感力」,「美的直観力」がある.そして主にフェアプレー等に関する「価値判定力」がある.
※筆者のひとりとして,少々表現を変えている.
この研究成果から,スポーツ観戦の仕方が類推できるのではないだろうか.

齊藤ほかが示した観戦能力に重ねれば,観戦には,
①個人やチームが発揮するプレーを理解しようとする「知性の観戦」
②選手の心理状態に共感したり,あるいは選手の肉体にこちらの肉体が共振したり,プレーの美しさを感じたりする「感性の観戦」
③プレーやゲームがフェアなものかどうかを判定する「価値の観戦」
の3つの軸がある,ということだろう.

私は,おそらく②「感性の観戦」の中でも肉体的な共感に偏り過ぎているのかもしれない.選手の心情を理解したり,プレーの美しさを感じ取るような観戦はまだまだできそうだ.
①「知性の観戦」や,③「価値の観戦」にも余地がありそうだ.プレーの意味とかゲーム展開を「頭で考える」観戦もやってみたいところだ.

もちろん,こうした観戦の上に,エンターテインメントとして観戦空間全体をゆるやかに味わう「レジャー体験」もあるだろう.会場全体の熱気や観客全体が同調した波のようなものを感じたり,いっしょに観戦している人との会話を楽しんだり,ビールを飲むことを楽しむ体験だ.
残念なことに,身近なスタジアムやアリーナはワイワイを楽しめるような観客席の空間になっていないけれど,ゲームに没入しないスタイルも「食わず嫌い」にならずにやってみたいところだ.(そういう楽しさのあるスタジアムやアリーナが身近かにあったら,とは強く願っている)

とは言え,様々な観戦スタイルはあれど,観戦から足が遠のくのには,もうひとつ理由がある.そのことについてはまた次回.

髙岡 敦史

WRITTEN BY

髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。