メタバースとまち
Facebookの社名が「Meta」になった.
当社は,これまでFacebook,Instagram,WhatsApp,Oculusを運営してきたソーシャルネットワーキング・サービス事業者だったが,これからは「メタバース・プラットフォーム」の構築を最優先するという.新社名はメタバース(Metaverse)から取ったものだ.
メタバースとは,インターネット上の三次元仮想世界のことだ.利用者はアバターを分身として仮想空間に入り,その世界を探索したり,他のアバター(利用者)とコミュニケーションしたり,実際に買い物が出来たりする.
メタバースが取り上げられた映画には,「マトリックス」(主人公ネオが勤める会社は「メタ・コーテックス」だ)や「サマーウォーズ」や「竜とそばかすの姫」(いずれも細田守監督作品.OZ(オズ)や〈U〉という仮想世界が重要な舞台になっている)などがある.
実際に動いているメタバースもすでにある.よく知られたものを挙げれば「あつまれ どうぶつの森」や「ファイナルファンタジーXIV」,「Minecraft」,「Fortnite」といったゲームの世界がそれだ.敵がいて,決められたストーリーに従って進むようなものではなく,ただゲームの世界で暮らすような感覚で仮想世界にいることができる.
いまや,メタバースは空想や映画の世界のものではない.現実に存在し,そこに人々が生活している.
画面上の可愛らしいアバターは自分自身とゲームコントローラーやキーボードでつながっているだけだが,VRゴーグルや全身体感のスーツ型デバイスを使えば,まさに自分が仮想世界にいるかのように感じることもできるようになっている.Facebookのメタバースへの注力は後発と言っていい.
「アバターが自分の分身で,仮想世界に暮らすなんてリアリティのない空虚な世界だ…」と忌避する向きもあるだろう.しかし,メタバースはあっという間に拡がって,わたしたちの生活の基盤を形成するだろう.
マイナンバーカードを使えばコンビニで行政文書が発行できるようになって便利になったが,5年も経てば,メタバース内に市役所の窓口ができて,市のキャラクターアバターとわたしのアバターとの間で行政上の手続きができるようになっているはずだ.整理券を取って窓口に並ぶなんてことはもうなくなる.
市役所を出て,メタバースのまちの上空を飛んでスタジアムに行けば,地元のプロ・サッカークラブのホームゲームが開催中だ.スタジアム周辺のお店でビールと食べ物を購入したら,自宅のフードデバイスやデリバリーサービスによって商品が提供される.アバターのままサポーター友達と話しながら観戦することもできる.座席数に制限のないメタバース・スタジアムには10万人いるだろうか.この日のメタバース天気は雨だから肌寒さを感じるが,濡れることはない(濡れる設定も可能).
―――そんな世界が出来上がる時,仮想ではない現実のまちはどのような世界になっているだろう.
生活のためのあらゆることはメタバースで事足りるから,物理的な空間を早く楽に移動する必要はほとんどない.そのためモビリティ(移動手段)としての自動車や自転車はもう不要になるだろう.その代わり,それらは風を切って走る楽しさを味わうアクティビティ(遊び)になる.歩いたり走ったりすることも,自宅にあるランニングマシーンを使ってメタバース内で友人とできるようになるが,リアルな世界で肉体を動かすことの心地よさや楽しさを味わうことの価値は相対的に高まるのではないかと思う.
そうなると,車道はごくわずかでよくなり,ほとんど歩道や自転車道になるだろう.平坦なアスファルトより,起伏のある芝生や砂地の方が楽しい.まちは緑の歩道で覆われることになる.道沿いには,肉体を動かすための公園やスポーツ施設,対面で集まり交流するための広場や飲食店が必要だ.プロ・スポーツの試合も,リアルな世界でしか開催しないホームゲームが数回あって,席数が限られるからプレミアチケットになるが,メタバース観戦とは違う価値が得られる.
メタバースが生活基盤として拡がるほど,リアルな空間と体験の価値は高まるのではないかと思う.
アバターの裏側の人間本体が死んでも,本体の代わりを演じるAIアバターがメタバースの世界で生き続けるということが論理的にはあり得るが,きっと,無限の世界だからこそ,生命の有限性に価値が見出されるはずだ.本体の死亡をアバターに反映させるかどうかを設定することができるようになれば,多くの人はアバターに死を与えるだろうと想像する.
仮想世界はそれだけで存在することなく,リアルな世界と表裏一体的に影響を及ぼし合うはずだ.
アバターの個性は人間本体の個性を反映し,メタバースライフのwell-beingがリアルのwell-beingを反映するとしたら,やはりリアルなまちでの生活も大切だ.メタバース時代のまちのデザインが必要だ.