定点観測

理想のまちにほしいもの7:誰もがいつでも学びにいける大学

第7回は「誰もがいつでも学びにいける大学」.

大学というところは,社会に知を生み出す場であり,とても多くの人たちが学ぶ場だ.
設置されている学部・学科によって,生み出す知も学ぶ内容も様々だが,そのレベルはまちの中の最高峰だ.だから,大学はまちの知性に影響を与える重要な場と言える.

欧米では,大学はいつからでも学びに行ける場だ.
一定の入試制度はあるものの,日本のそれと比べれば比較的クリアしやすいものだ.(ただし,卒業するのが難しい.日本は入りにくいが卒業しやすい.)
大学がまちの知性を高めるには,大学で学んだ人たちがまちに生きる必要があるのだが,卒業時に21,2歳の若い人たちに「今後もこのまちに生きよ」と強制することはできないから,できれば,すでにまちに暮らしている人たちが,いつからでも学べる場になっている必要があると思っている.
例えば,社会人対象の自己推薦入試や企業・団体推薦入試があるといい.その上で,大学教員の「大学生は20歳前後」という固定観念を崩す必要もあるだろう.

そういう大学は,きっと開放的だ.誰もが自由にキャンパス内を歩き回れるし,アポイントメントさえ取れば大学教員や学生たちとも話ができるだろう.

日本の大学は閉鎖的だ.大学での研究と教育が政治的権力の圧力を受けないようにしているという大切な事情はある(だから,国立大学には警察車両も自由に出入りすることはできない)が,まちに開くということは必要だろう.
まちの中にある大学が,まちにとって存在価値を持つためには,まちと相互作用できるようにしておかなければいけない.それはつまり,大学の中の人とまちの人との対話だ.

髙岡 敦史

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髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。