定点観測

スポまちニュース批評:パシュート女子3人が見せてくれた最高の笑顔

北京冬季オリンピックが閉幕した.
いろいろあったけれど,最も感情を揺さぶられたシーンが,スピードスケート女子チームパシュート決勝,最終コーナーでの高木菜那選手の転倒だった.

そのことに関して,「パシュート女子3人が見せてくれた最高の笑顔ーカメラマンが涙腺崩壊したせいで撮れた奇跡の1枚ー」という興味深いネット記事に出会った.
スピードスケートを追い続けた報道カメラマン(共同通信社ビジュアル報道局写真部の写真・映像記者・大沼廉さん)が,レース後に悲嘆に暮れる選手たちを泣きながら撮影したことで,「いや,そっちが泣くのかー!力が抜けるわ」と思いがけず笑顔を引き出した,という話だ.

これは,スポーツ観戦における共振性の大切さを示していると思う.

高木菜那選手の転倒を「あーあ,やっちゃった」と観るのか,「苦しいなぁ,悔しいなぁ」と観るのか,の違いは,選手にも影響を与えるのだ.
今回は報道カメラマンが共振してしまったわけだが,勝利の嬉しさも,敗北の悔しさも,ミスの苦しさも,みる側とする側で共有することで嬉しさは倍増し,悔しさや苦しさは半減するはずだ.

今回,選手たちとカメラマンとの間に生まれた共振は,「スポーツ経験」と「時間・経験・文脈の共有」を基盤にしていると思う.
大沼カメラマンは多くのトップアスリートをファインダーに収めてきた人のようで,(自身がどの程度スポーツをしてきたのかは分からないが)数多くのスポーツ場面に遭遇し,アスリートのパフォーマンスと精神状態を記録に残そうとしてきた経験の持ち主だ.パシュートの選手3人の姿を追い続ける過程で,(大沼さんがどれだけ取材しているか分からないが)彼女たちのパフォーマンスと精神状態の背後にある時間や経験,文脈を推し量ってきたはずだ.

このことを地域のプロ・スポーツクラブに拡張すれば,ファンとの間に共振を生むためには,ファン(つまり市民)のスポーツと関わる経験が豊かにあることと,地域社会を地盤にした「時間=経験=文脈の共有」が必要になるだろう.
そういう意味では,ホームゲームというイベントコンテンツや観戦経験だけ高品質にすればいいのではなく,するスポーツや支えるスポーツの経験を豊かにしたり,選手やスタッフがまちに出て市民と交流したりすることが必要だ.
スポーツが引き起こす喜怒哀楽を共有できるまちは,精神的にアクティブで豊かだ.

髙岡 敦史

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髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。