食い違うほど,未来は拡がる.

会議や打ち合わせの場が好きだ.
社会にとって,何らかの意味をもつ決定を下すことにワクワクする,ということもあるけれど,なにより,その場にいる人との議論を通して,その人の思考と私の思考がぶつかったり,くっついたり,混ざってひとつなったり,むしろ遠く離れたりする,そういうやり取りというか,駆け引きが楽しいのだと思う.
会議の場で,常に頭の片隅に置いていることがある.
「この人は,決して『悪いことにしてやろう』と思っているわけではない」と.
この観念から,次のような問いが自分の中に生まれる.
「なぜ,この人はこういうことを言うんだろう?」
そんなことを考えながら対話していれば,意見が大きく異なる人との間でも,折り合いをつけたり新しい合意点を見出すことは,それほど難しいことではない.
それでも,あまりに意見が真っ向から食い違うこともある.
そうなると,「なぜ,この人はこういうことを言うんだろう?」と考えても答えが出ない.
そんなときは,問いを変えることにしている.
「この人にとって,どうなることが好ましいゴールなんだろう?」
その人には自分とは違う立場や考え方があって,目指したいゴールは違う.そのゴールは,その人にとって「良いこと」のはずだ.
そう考えれば,次にこういう問いが生まれる.
「この人が目指しているゴールと自分が目指しているゴールは,どれくらい離れているんだろう?」
ここまでくると,会議で決めないといけない事柄から一旦離れないといけない.
そもそも,この会議に参加する目的が違うからだ.
何はともあれ,この会議のねらい(ゴール)を合わせないことには,個別の事柄について決定することはできない.
その後の議論は,”そもそも論” だ.
抽象度の高い ”そもそも論” の議論ができる人となら,ゴールを合わせられる可能性はある.むしろ,”そもそも” に立ち返ることができれば,まったく新しいゴールが見つかる可能性すらある.0から1が生まれるクリエイションの瞬間だ.
クリエイションは意見の調整からは生まれない.
今日の会議は,その光がわずかに差した時間だった.