定点観測

不要不急 vs 必要至急,スポーツは基本的権利か?

前回,スポーツは不要不急だ/必要至急だ,というふたつの主張は,スポーツそのものの価値に関する問いではなく,どちらも根っこでは「スポーツも必要だし,感染予防も必要だ」と考えていて,しかも,原理的にかみ合わないと述べた.
そして実は,両者の主張は,どちらも「わたしたち人間は,どう生きるべきか?」という根源的な問いに回答しようとしているのではないか,と締めくくった.つまり,コロナ禍におけるスポーツ実施やスポーツ観戦は,人間としての生き方を問い直す機会になっている,ということだ.

この問いに対して回答しようとすると,その先には ”宇宙” が広がっているが,それでも,一歩ずつ進みたいと思う.
まず今回は,不要不急/必要至急の主張を「スポーツはしてはいけない!/スポーツしたい!」と読み替えて,権利とその制限の問題として考えていきたい.

スポーツは不要不急だ,という立場は,社会の安全・安心や安定,社会全体の健康維持(公共の福祉)に対して,個人はできるだけ(感染拡大防止という形で)貢献すべき,という考え方をベースにしていると思われる.これはすなわち,スポーツとの関わりは,公共の福祉に対して制限されることがあるという認識と理解できる.
一方で,スポーツは必要至急だ,という立場は,個人のスポーツとの関わりは重要で,最大限尊重されるべきと主張しており,この考え方は,スポーツ権が社会権や幸福追求権に関わる基本的権利のひとつであるという認識が基盤にあると思われる.この時,公共の福祉に対して調整(例えば,徹底した感染拡大防止策など)が必要になる.

つまり,コロナ禍におけるスポーツとの関わりをめぐる「わたしたち人間は,どう生きるべきか?」という問いに回答するための権利論的な論点は,

「わたしたちは,スポーツ権を基本的権利として主張して良いか?」

ということになるだろう.

スポーツ権については,1975年にヨーロッパ評議会のスポーツ担当閣僚会議で採択された「ヨーロッパ・スポーツ・フォア・オール憲章(European Sport for All Charter)」の第1条において「すべての個人は、スポーツに参加する権利を持つ」と初めて謳われている.その後,1978年のユネスコ総会において採択された「体育およびスポーツに関する国際憲章(International Charter of Physical Education and Sport)」の第1条において,「体育・スポーツの実践はすべての人にとって基本的権利である」と宣言された.
日本においては,国際憲章から遅れること33年,2011年にスポーツ基本法が制定され,その前文で「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは,全ての人々の権利」であると規定された.

ここで,注目しなければいけない部分がある.スポーツ権に関わる国際憲章の表現とスポーツ基本法の表現は意味が違うのである.
国際憲章では,
 「体育・スポーツの実践=基本的権利」
と明記されているが,スポーツ基本法では,
 「スポーツを通じて『幸福で豊かな生活を営むこと』=権利」
とされているのだ.
スポーツ基本法制定直後,衆議院法制局第三部第一課の小野寺容資氏は,

「本法律では,『スポーツをする権利』という新たな権利を創設するのではなく,『スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは,すべての人々の権利』として,スポーツを通じた,憲法上保障される幸福追求権を明らかにすることとされた.」

小野寺容資(2012)スポーツ基本法の制定:スポーツ振興法を全面改正.時の法令1907:4-20

と述べている.また,憲法学においてスポーツ権が議論されたこともない.

つまり,日本においては,スポーツ権という独立して守られる権利はなく,幸福追求権の一部なのである.そうなると,スポーツは公共の福祉に対して不要不急なこととして制限されて然るべき,ということになる.
スポーツを基本的権利と制定したヨーロッパでも,スポーツは制限された.大きな私権の制限を伴うロックダウンを実施した中での出来事だったとは言え,スポーツは容易に制限される程度のもの,と言えるかもしれない.少なくとも,権利論としては.

一方で,スポーツの価値はその程度のものだろうか?
次回は,不要不急/必要至急の主張を「スポーツはそんなに重要じゃない/スポーツは超重要」と読み替えて,価値や意味の問題として考えていきたい.

髙岡 敦史

WRITTEN BY

髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。