定点観測

スポーツには社会を変える力がある?

スポーツには社会を変える力がある――
そんなことが言われ始めて久しい.五輪の開催が決まってからは,開催を後押しするようによく目にするようになったが,研究者として,そんな美辞麗句を軽々に主張するのは無責任だと思っている.この一文が含む世界はあまりにも広すぎるからだ.

しかし,スポーツを信じ,社会を変えるために実践している人々がいる.広い社会ではないかもしれないけれど,関わる人たちの意識や価値観,態度や行動を実際に変えている実践もある.

社会が変わる,というのは,変革(ソーシャル・イノベーション)の普及を意味していると考えられるが,そこには段階があると言われている.
Murray & Mulgan(2010)のソーシャル・イノベーション普及理論では,問題が発見されて解決のアイディアが生まれ(①Prompts),それがあるコミュニティに提案され(②Proposals),試験的に実践され(③Prototypes)、それがある程度持続可能な状態になって(④Sustaining),事業的にスケールが出せるようになって普及し(⑤Scaling),社会の一部分のシステムを変えて当たり前が生み出される(⑥Systemic change),という6つのステージがある.

この段階理論に,一般的なイノベーション普及理論を重ねると,社会課題の解決に関心のある「イノベーター」が初発のアイディアを思いつき(①Prompts),そのアイディアに触発された「アーリーアダプター」がイノベーターとともに動き出す(②Proposals).その人たちの変革アイディアや計画に共感が得られれば,協力者「アーリーマジョリティ」を集めることができ,試験的な事業が成立する(③Prototypes).事業実施によって変革の意義や効果が広く確認され始めると,さらに多くの賛同者「レイトマジョリティ」が集まり,安心して変革の果実の利用者「ラガード」が集まる頃になると,既存のシステムの更新が要請されるようになる,ということだろうか.(何の検証もせずに乱暴に重ねている)

イノベーション普及理論では,アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間に,商品・サービスへの要求の違いから大きな溝(キャズム)が存在すると言われている.
ソーシャル・イノベーションに重ね返せば,変革アイディアに共感して,一緒に試しにやってみよう!という「協力者集め」に溝があるということになるだろう.

私が関わる様々な取り組みにおいても,そこで足踏みしてしまうことが少なからずある.
大学と地域との共創にも,スマートインソールにも,パラスポーツにも,eスポーツにも,そして昨日取材でお邪魔したラージボール卓球の市民クラブにも,ソーシャル・イノベーションの大きな可能性が感じられた.当事者にもその期待がはっきりとある.私はまさに「触発」された.
この先,スポーツがソーシャル・イノベーションのキャズムを乗り越えるには,「確かに,社会を変えるかも!」と思ってもらえるような活動と未来像の説明が必要だ.

研究者として,メディア主宰者として,冷静かつ批判的に分析しつつも,未来志向で向き合っていきたいし,アダプターになった以上はキャズムを超える創意工夫をしてみずにはいられない.

髙岡 敦史

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髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。