定点観測

平和とスポーツとAI

オリンピックは平和の祭典と言われる.だから開会式では必ず鳩が飛ぶ.
オリンピック憲章の「根本原則」には,こうある.
「3 オリンピズムの目標は,あらゆる場でスポーツを人間の調和のとれた発育に役立てることにある.またその目的は,人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会の確立を奨励することにある.この趣意において,オリンピック・ムーブメントは単独または他組織の協力により,その行使し得る手段の範囲内で平和を推進する活動に従事する.」
これに基づき,東京五輪の1年延期が決まる前の2019年12月,国連総会において日本を含む186か国が共同で休戦を求める決議を提案し,全会一致で採択され,オリンピック開幕の7日前からパラリンピック閉幕の7日後まで、あらゆる紛争について休戦することが呼びかけられた.本日7月16日がそのスタートの日だ.

それでも,世界から戦争や紛争が止まる気配はない.
それでも,シリア内戦は収まる気配がないし,ミャンマーもいまだ内戦状態だ.オリンピック休戦は実際の戦争を終わらせる効力はないのだろうか.

先日,NHKスペシャルで「2030 未来への分岐点 (5)『AI戦争 果てなき恐怖』」という特集番組が放送されていた.AI(人工知能)が戦争の形を大きく変えてしまう可能性があり,それはすでに始まっている,という衝撃的な内容だった.

2030年は,世界の分岐点だ.たった9年後だ.
AIによる自律的意思決定とデータ収集・計算・分析が人間のそのスピードを超え,社会のあらゆる制度とそこでの決定が人間の意思を介在しなくても可能になる年だ.シンギュラリティ(技術的特異点)とも呼ばれている.

一方で,人類はより良く生きるためのルールを,話し合い,創り続けてきた.戦争や紛争の停止についての国際ルールや大量破壊兵器の開発・使用の禁止に関するルールやオリンピック休戦もそのひとつだ.
AIは,人類がルールを築き上げてきた時間の蓄積は考慮に入れないだろう.「オリンピック休戦だから発砲しない」と判断するAI兵器は想像できない.

スポーツは,人種も民族も宗教も超えて,ひとつのプラットホーム(ゲームの構造とルール)の上で競い合う遊びをすることができる.
内戦が50年続いた南スーダンでは,全国スポーツ大会「国民結束の日」が開催されている.かつて殺し合っていた民族スポーツ(とワークショップ)を通して交流し,未来の南スーダンを語り合うことが実現されている.

スポーツは人が身体と思考を通して競い合う遊びだ.だからこそ,違いを超える体験が成立するのであって,その先に,人類が築き上げてきた平和のルールを継承する可能性が見えてくる.
しかし,AIが人間の意思決定を代替するようになる9年後,スポーツを通した平和の醸成に人間はどう関与しているだろうか.

これから9年の間,わたしたちはスポーツを通した交流の価値を今まで以上に体験し,その使命や機能を大きくし,継承していく道を見つけないといけないだろう.

髙岡 敦史

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髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。