定点観測

「五輪に命をかける」の怪③-競技スポーツの普及・強化(前)

今回は,「競技スポーツは命をかけるほどのものだという考え方は,スポーツの普及や強化にどういう影響を与えるか?」について考えたい.(「五輪に命をかける」の怪①②-②-後はこちら)

トップアスリートや指導者たちが,競技スポーツは命をかけるほどの意識で臨むべきだと訴えたら,スポーツをしている子どもたちはどう感じるだろうか.
子どもたちの生き方の可能性は無限に広がっている.高校進学あたりから自分自身のキャリアを少しずつ考え始めるはずだ.それなのに,早期にひとつの競技種目の練習と試合に命をかけることを求められるとしたら,その精神的な追い込みは悲劇的だ.

『五輪に命をかける』の怪②—競技スポーツの精神性(後)」でも述べたように,本来,子どもたちは遊びの楽しさの追求に真剣で,誠実だ.
勝ち負けの競い合いが楽しければ,子どもたちは主体的に考えて練習するし,ルール違反はしないし,スポーツを長く続けたいと思うはずだ.しかし,スポーツに関わる一部の大人たちは「子どもが真面目に練習しない」,「クラブに入る子どもが少ない」などと愚痴をこぼしている.原因は明らかだ.大人が指導するスポーツは楽しくないのだ.
楽しくない上に,「命をかけるほど真剣にやれ」と言われるのはもはや理不尽と言わざるを得ない.そんな子どもたちのスポーツ環境では,スポーツの普及はおぼつかないだろう.

パフォーマンスの向上のためのトレーニングには,一定の量と強度が求められる.そこには苦しさを乗り越えるモチベーションが必要だ.
一部の指導者は半強制的に練習させることで苦しさを乗り越えさせようとする.「命をかけろ」というセリフは,選手にハッパをかけるためのものだろう.しかし,半強制的なトレーニングは効果的ではない.バーンアウトしてトレーニングの効果が著しく下がるか,あるいは競技から離脱するからだ.スポーツの強化の観点でも,楽しいことはとても重要だ.

(「「五輪に命をかける」の怪③-競技スポーツの普及・強化(後)」に続く)

髙岡 敦史

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髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。