定点観測

「五輪に命をかける」の怪③-競技スポーツの普及・強化(後)

『五輪に命をかける』の怪③-競技スポーツの普及・強化(前)」で述べたように,「命をかける」という言葉は,スポーツにとってネガティブな意味しか持たない.普及も強化も妨げている.
しかも,競技スポーツに関わっていない多数の人たちにとって,競技の世界を遠い別の世界に見せていることだろう.

確かに,オリンピック・パラリンピックに出場するトップアスリートたちのパフォーマンスは,常人の想像を超えるものだ.だからこそ,わたしたちはパフォーマンスを観るだけで感動する.
しかし,トップアスリートへの視線には,「彼ら彼女らは,スポーツに命をかけている人たちだ」という特別視も含まれているのではないだろうか.

ワークライフバランスを取ることや仕事以外の時間の大切さを重視するこの時代にあって,しかも,一生続けられない競技スポーツに命をかけている人の存在は物珍しい.だから,トップアスリートの競技生活を追いかけるドキュメンタリー番組は多い.トップアスリートは生き方だけでレアキャラなのだ.
そんなトップアスリートを応援したり支援したりするのは,特別な世界に生きる彼ら彼女らの命をかけるほどの努力が,わたしたち常人には絶対にできないものだからだろう.

トップアスリートは憧れの対象であり,ヒーローだ.
小学生の男の子たちの多くは,プロ野球選手やサッカー選手を夢見ている.命をかけるほどの努力の先に,常人では到達できないほどの豊かな暮らしがあるように思えるからだろう.その姿の全体像は,ぼんやりとカッコよく映っているはずだ.
しかし,価値観やライフスタイルが多様化する今,そしてトップアスリートのセカンドキャリアが不確実なものだと判明した今,命をかけるほどのものかどうか疑われ始めている.かつて男の子の3割がスポーツ選手を「なりたい職業」に挙げていたが,2020年には1割台に落ちた.また,2010年には保護者の15%が「就かせたい職業」としてスポーツ選手を挙げていたが,2020年には半減した

日本のトップスポーツの世界は,岐路に立っていると言っていいだろう.
命をかけるほど真剣な世界,というイメージのままでは,競技スポーツを目指す子どもたちは増えないだろう.
そして,トップアスリートを地域活性化やまちづくりに活用しようとすると,このトップスポーツのイメージが足を引っ張ることになる.このことについては明日.

「「五輪に命をかける」の怪④-競技スポーツとまち」に続く)

髙岡 敦史

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髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。