定点観測
パラを迎えるためにオリを送る,お盆だけに①
2021.08.12
前代未聞の東京オリンピックが終わった.やがてお盆になる.
お盆には,ご先祖様をお迎えする迎え盆と再びお送りする送り盆がある.その逆だが,オリンピックをふり返って送り,パラリンピックを迎えたい.
新型コロナウィルス感染拡大の真っただ中のスーパーメガ・スポーツイベントの開催は,一年延期が決まるもっと前,招致活動の頃から波乱含みだった.
招致に向けた首相(当時)が原発事故後の状況を「アンダー・コントロールだ」とプレゼンしたことへの批判,招致活動に関わる贈賄疑惑,新国立競技場の設計・建築や公式エンブレムのデザインに関わる混乱,組織委員会会長(当時)の女性蔑視発言とその後任をめぐる混乱,開閉会式の演出チームをめぐる混乱とその結果としての開閉会式の内容に対する批判,そして,開催に踏み切ったことは今だに賛否両論で,感染拡大を防ぐはずのバブルの管理体制の甘さがさらに火に油を注いだ.また,競技会場の過酷な暑さに対する批判は招致段階にまでさかのぼるものだ.一部報道ではスタッフ用の弁当の廃棄が20会場で13万食にも及んだというのだから,もはや弁当の発注すらうまくいかないのか,と思えてくる有り様だ.
それでも,オリンピアンたちは競い合った.
その姿は,大荒れの海の,ずーーっと深い真空の海底で,特別にライトアップされて悠々と楽しそうに泳ぐ魚のようだった.
オリンピックのガバナンスとマネジメントが大荒れだったからこそ,スポーツの楽しさや自由さ,アスリートの自律と自立の純粋さが放つ静けさが,対比的に強く感じられたのではないかと思う.
そこで,4回に分けて,東京オリンピックの「大荒れ(問題)」を捉え直し,「静けさ(再発見されたスポーツの意味と価値)」をふり返ってみたい.