シリーズ「どう解く?部活動の地域移行という超難問」(3)問題の捉え直し~地域移行ではない~
「部活動の地域移行」という国の政策が公表(検討会議の提言書が室伏スポーツ庁長官に手交)されて,今日でちょうど200日だ.
この間,岡山県の「地域部活動推進事業」の検討委員長であり,全県対応の地域移行支援コーディネーターである筆者は,2022年12月時点で8つの自治体,4つの県立中学校での会議に参加してきた.その中での行政担当者や地域スポーツ関係者との対話は24時間を超えた.今後も増え続けていくことが決まっている.
政策としての「部活動の地域移行」について,市町村レベルの率直な受け止め方や困り感などを聴くにつれ,「部活動の地域移行」という政策に対するよくある誤解や曲解が見えてきた.よく出会う誤解や曲解を挙げてみる.
- これまでと同じ部活動が地域で実施されるものだ
- 部活動を学校と地域が連携して実施していくものだ
- 顧問教員と同じ仕事をする指導者が必要だ
- 顧問教員が兼職兼業をかけて地域で実施していくことが基本だ
「部活動の地域移行」への対応に苦慮している多くの方々との対話を通して,「『部活動の地域移行』とは,そうではなくて,こうである」という私自身の捉え方も固まってきた.
結論から言えば,この政策は「部活動の地域移行」ではなく,
「学校部活動の廃止と地域クラブの創出・発展」であり,
「学校を含む地域全体で子どもたちを育てる環境づくり」だ.
つまり,部活動に関わる政策というより,地域スポーツ・文化活動環境の大改革であり,学校を含む地域の教育力を高める大改革だ.
当初,筆者は「学校を含む地域全体で子どもたちを育てる最広義のコミュニティスクールを構想することができるならポジティブだ」と論じた.その主張に変わりはない.
学校にとっては「地域に開かれた学校づくり」につながるものであり,地域にとっては「地域の教育力の向上」につながるものになることが必要だろう.そして,持続可能性が問われている学校よりも,地域クラブの方が豊かに活動できる状況を生み出さなければならない.種目選択の幅も,練習・試合機会の拡充や質的向上も,楽しさや心理的安全性も,学びや成長も,より良くしなければいけない.かなりの大仕事だ.
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受け皿になりうる地域クラブが足りない,指導者が足りない,必要経費を賄えるだけの財源・収入源が見出せない,という課題はすでに指摘されているものだ.しかし,ここにきて,新たな課題が見つかっている.
<地域クラブになることで,スポーツ・文化活動が「習い事」になる危険性がある>
学校部活動は「クラブ」だった.子どもたちが自分たちの力で生活全体の中にスポーツ・文化活動を位置づけ,組織的に活動を展開してきた.「仲間とともに創り上げる」という経験の中に生涯スポーツにつながる大きな学びがあった.子どもたちも保護者も,そういうものだと認識しているはずだ.
しかし,地域クラブになることで,「教えてもらえる」と考える子どもや保護者が少なからず出てくる.会費や月謝が発生するとなおさらで,数少ない指導者に「お願い」しなければいけない状況になれば,いよいよ「教えてあげている-教えてもらっている」関係が強く固定化するだろう.そうした環境では,自律的にスポーツ・文化活動を続けられる生涯スポーツ実践者は育たないだろう.
これを機会に,地域クラブを「習い事」ではなく,「仲間とともに創り上げる」クラブにしていく必要があるだろう.
<すべての指導者に謝金を支払おうとすると,色々な課題が生じる>
指導者の継続的な参加を実現する上で,無償(ボランティア)では限界があるという意見によく出会う.これまで,無償に近い超低額な手当てにも関わらず学校教員の情熱や使命感に依存してきたというおおもとの問題をひっくり返せば,十分な報酬を支払うことで違う誰かに委託できると考えるのは,論理的に正しそうにみえる.
お金という形のインセンティブから生まれるやる気は「外発的モチベーション」と呼ばれる.外発的モチベーションは,ルーチンワーク(正解のある単純作業など)には効果的なモチベーションを生み出す.しかし,ダン・アリエリー(2009)の研究によれば,外発的モチベーションより内発的モチベーションの方が持続性が高く,複雑でクリエイティブな仕事に対しては内発的モチベーションの方が効果的であることが分かっている.
内発的なモチベーションは,
①自分で考えて実践することが許されていること(自律性)
②実践を通して自分自身が成長・熟達していけること(熟達性)
③社会や他者にとってのより良い目的に貢献できると思えること(目的性)
によって高まる.
学校教員がほぼボランティアでも強い情熱や使命感をもって部活動を担ってこられたのは,まさに内発的モチベーションが維持されてきたからだと分かる.しかし,学校の中に閉じた部活動は持続可能ではない.今後は,地域指導者の内発的モチベーションをいかに育むか(自律的に子どもに関わることを許容し,指導者として成長でき,より良い目的意識を持ってもらえるか)が必要になるだろう.
指導者の不足や高齢化という課題は,特に中山間地域に多く見られるが,同時に,指導者報酬の財源が見つけられないという課題もその地域にはある.しかし,多額なお金をかけないとできないのか,指導者全員に等しい報酬を支払う必要があるのか,地域スポーツシステムの作り直しの中で再検討していく必要があるのではないだろうか.
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そうしたことを考えていた矢先,スポーツ庁の地域移行に関わる概算要求額が大きく削られるという報道が流れた.永岡文科相も火消しを図ろうとしたものの,本日の閣議決定を受けて,「地域移行」に関わる要求114億円は,大幅に削られ,事実上,国の施策としては ”助走” がもう少し続くことになる見通しだ.
このことについて報道された12月16日以降,自治体の担当者や学校・地域の現場は,再び霧の中に放り込まれた気分だっただろう.小さな自治体ほどスポーツ庁の概算要求への期待は大きかったようで,予算が付かないことで一気に空気が冷めていきそうな気配だ.筆者にも問い合わせがいくつも届いた.
しかし,子どもたちの顔が見えている現場関係者は,一度でも「この課題は解決しなければいけない」と腑に落ちてしまったら,国や県の予算があろうがなかろうが,解決に向けて動き出さざるを得ないはずだ.また,必ず年限のある公的資金に依存した取り組みは元来,持続可能ではない.
子どもたちの豊かで持続可能なスポーツ・文化活動環境を創造するためのクリエイティブな仕事が,各地域に求められている.前例やこれまでの常識に囚われずに動き出せるかどうか,今こそ地域の大人に気概と覚悟が問われていると思う.