スポーツと地域

シリーズ「どう解く?部活動の地域移行という超難問」(5)回答例

 全国各地で部活動の地域移行の検討会議が開かれていて,岡山県内でも具体的な取り組みが始まっている.
 「どう解く?部活動の地域移行という超難問」(4)解き方では,部活動の地域移行という問題そのものの捉え方を提案したが,そろそろ,ゴールイメージになる「回答例」が必要になってきていると思うので,今回はそれを示したいと思う.
 地域移行が完了した結果,どんな状況になっていたらいいか,という観点で説明していきたい.なお,このイメージは,動き始めたばかりの岡山県内の多くの会議と取り組みを見聞きしながら私が見出したものであり,100点満点のものではない.今後,修正加筆が加わるだろうし,新たな回答が生まれることは十分にあり得る.

子どもたちに必要な場は「クラブ」であり,「チーム」ではない!
 子どもたちにとってスポーツの経験が有意義なのは,体力・運動能力の向上や競技成績を獲得するためだけではない.多様な同好の仲間と一緒に協力しながらクラブを維持させていく経験が何より重要だ.
 そういう意味で,子どもたちのスポーツ活動の場は,ゲームのためのプレイヤー集団としての「チーム」ではなく,子どもたちが主体的・自治的に運営するコミュニティ・組織としての「クラブ」である必要がある.
 きちんと子どもたちを育てようとしてきた部活動では,キャプテンやマネージャー(主務),学年による役割分担が部員たちによって決められ,競技成績の目標や練習計画が話し合われてきた(そうでない部活動も多くあり,それらはクラブというよりチームの性質を持っていたと言える).地域移行後のイメージに,子どもたちの話し合いによる合意形成と意思決定が盛り込まれているかどうか,は最重要課題と言えるだろう.

学校教員と地域の大人たちが,寄ってたかって子どもたちを育てる!
 教育効果の高い部活動では,顧問教員が部員たちの主体性と自治性を高いレベルで求めており,「任せる」,「待つ」といった教育的支援が実践されていた.地域移行後,地域の指導者がかつての顧問教員と同等の教育的支援ができるかどうか,はとても重要だ.
 しかし,そのような支援力は一朝一夕に身に着けられるものではない.「わがクラブ(わが地域)の子どもたちをどのような姿に育てるのか?」,「どのような方法で育てるのか?」といったことについて,地域の大人たちが話し合い,各自が学び,自らの教育観や子ども観を変えていく必要がある.ここに,教育的支援のプロフェッショナルである学校教員の知恵を借りる必要性が見出せる.学校教員と地域の指導者が,クラブ活動している子どもたちを一緒に見ながら,子どもたちについて語り合う関係づくりと場づくりが求められるだろう.
 その結果,学校教員は地域の指導者と知り合い,自らの教育的支援ノウハウを地域に染み出させて地域の教育人材になっていく.地域の指導者は学校教員から教育的支援ノウハウを学び(盗み),地域の教育人材になっていく.そんな地域になったら,子どもたちはぐんぐん成長することだろう.

「地域に開かれた学校づくり」と「地域の教育力の向上」が進む!
 学校教員が地域の指導者と知り合い,ともに子どもたちを育てる関係になれた時,学校は地域に開かれることになる.
 PTA活動が活発な学校や,地域住民が学校運営に参画するコミュニティ・スクールは数多くあるが,それらはいずれも,学校経営に地域の目と力が入るものだ.地域移行後,子どもたちは学校から地域に出ることになる.(兼職兼業をかけて地域指導者として活躍する教員以外は)放課後や休日の子どもたちの様子を学校教員が見ることはなくなる.しかし,それでは学校教員は不安だろう.(「地域の人たちが面倒を見てくれれば,自分たちは楽になる」と子どもたちを放り出してしまえる教員は,基本的な資質に問題があるかもしれない)
 そこで,子どもたちの様子を学校教員と地域の指導者が隣同士で観察しながら対話したり,常時,情報共有したりする関係づくりが必要になる.
 例えば,地域の指導者が子ども同士のちょっとしたケンカをその日の内にポジティブに収められなかった場合,すぐに学校教員(その子の担任や生徒指導主任もしくは管理職)に伝えられるかどうかはとても重要なことだ.そういうことができる関係が結ばれた時,学校は地域に開かれることになり,学校の教育力は一層高まるだろう.そして,地域の指導者が子どものケンカの原因と最終的な対処をすぐ報告できるようになり,その後の子どもたちへの対応策を学校教員と協議できるようになった時,地域の教育力は飛躍的に高まるだろう.
 そういう意味で,部活動の地域移行は学校と地域の教育力を向上させる機会になると言える.

ひとりの「指導者」に依存するくらいなら,多くの大人が「仲間」になればいい!
 地域移行を進めようとすると必ずぶつかる課題のひとつが,地域内の指導者不足だ.
 指導者資格を持ち,学び続ける指導者は,子どもたちのスポーツ経験を支える人材として理想的だが,残念ながら,そのような人たちを大量に確保することは難しいだろう.また,ごく一部の指導者の暴力やハラスメントが,誰も抗えない権力がその人に集中することによって起こるとすれば,必死に一人の指導者を見つけて指導をお願いするのはリスクが大きいと言わざるを得ない.むしろ,多くの大人たちが子どもたちと関わることで,大人同士の相互評価と学び合いが生じ,結果として,子どもたちへの支援やハラスメント事案の発生リスクの減少が期待されるのではないだろうか.
 ここに,子どもたちのスポーツ活動における「大人の役割」に関する考え方の転換が求められる.この「できるだけ多くの大人」は,指導者の役割を担う必要はない.大人として子どもたちを見守っていればよく,ちょっと年上の「仲間」になれればいい.良質な指導者を中核としながら,できるだけ多くの大人がスポーツを通して子どもたちを育てようと関わってくれるようになることが必要だ.

地域スポーツをトータル・マネジメントする組織と人材を!
 必ずしも指導者が必要ではないとは言え,子どもたちのスポーツ機会を持続可能で安心安全なものにする上では,地域のスポーツ環境をトータル・マネジメントしていく必要がある.そこでは,「どのようなスポーツ機会であるべきか?」,「子どもたちにとって望ましいスポーツ機会とはどのようなものか?」といった理念やビジョンの設定から,人やお金などの資源調達,スポーツ保険の受付と手続き事務に至るまでの様々な仕事が求められる.
 地域にすでに「しっかりした」総合型地域スポーツクラブがあるなら,こうしたことはお手の物だ.ちょっとだけ追加の体制整備が施されれば一気に地域移行は前進するだろう.しかし,そうでないなら,組織づくりから始めなければならない.そして,地域移行をめぐって生じる新しい仕事を担える事務局的人材が必要不可欠だ.
 総合型地域スポーツクラブ以外のマネジメント組織になり得るものとして想像できるのは,既存のスポーツ協会,スポ少等の既存クラブを漏れなく束ねた連合体,これを機に総合型クラブ化しようとするトップ・スポーツクラブ,といったところだろうか.いずれも,有能なマネジャーが必要だ.

柔軟な地域間連携を!アスリートの発掘・育成は都道府県レベルで!
 部活動は全国一を決める大会の存在を背景にして,日本の競技力向上を支えてきた.しかし,各学校段階でできるだけ高い競技成績を獲得することが,子どものアスリートとしてのキャリア形成にとっても,指導者のその後のキャリア形成(社会的地位の獲得)にとっても重要視されてしまうことで学校段階によって指導がぶつ切りになり,本当は効率的な競技力向上策であるはずの一貫指導システムの成立を阻んできたことは広く知られている.
 子どもたちのスポーツ活動の場が部活動から地域クラブになることで,高い競技成績の獲得圧力がより一層高まるのではないかとの恐れが指摘されている.トータル・マネジメントが効かない体制で,各クラブが独自に活動し始めたら,確かにそのリスクはあるだろう.
 とは言え,すべての子どもたちが(本気で)アスリートを目指すわけではない.子どもたちのスポーツ・ニーズは多様だ.その多様性を,小さな地域内ですべて満たすことは難しいだろう.ここに,地域間連携の必要性が見出せる.種目や活動の志向性によっては自治体を超えた環境整備が必要になるだろう.特に,アスリート発掘と一貫指導システムに基づく育成はかなり広い範域で考えなければならないものであり,都道府県レベルでの設計が必要になるはずだ.

貧困世帯や障害のある子どもたちの機会確保はマスト!
 部活動では,基本的にはその学校に通う子どもたちは,希望すれば部への加入ができた.ジャージやシューズ,チームユニフォームが買えない貧困世帯や,他の部員と同じ練習ができない障害のある生徒は少なからずいるが,学校ではできるだけ参加できるよう努めているはずだ.しかし,地域にはそのような配慮ができる指導者はまだまだ多くないだろう.
 経済的理由でスポーツの機会にアクセスできなくなる問題は,地域スポーツのトータル・マネジメントの中で,サポートのためのビジネスモデルを構築するか,あるいは行政によるセーフティーネットを適用する必要がある.
 障害が壁になることも乗り越えたい.様々な障害と特別支援に関する知識と支援ノウハウは,特別支援学校や特別支援学級の教員の知恵を借りればよい.学校や教育委員会が地域の指導者(大人)向けに特別支援に関する研修を実施する必要もあるだろう.自閉症スペクトラムや学習障害,発達障害などで特別な支援が必要な子どもは,通常学級に8.8%いることが明らかになっている(文部科学省「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果」).わがクラブにも10人に1人が特別支援の視点でサポートしていけるといい子どもがいることを前提にして,地域の大人が学んでいきたい.

髙岡 敦史

WRITTEN BY

髙岡 敦史
スポーツまちづくり会社・合同会社Sports Drive 社長 岡山大学大学院教育学研究科 准教授、博士(体育科学) スポーツ経営学を専門とする研究者であり、スポーツまちづくりの現場に多く参画している。近著に『スポーツまちづくりの教科書』(2019年、青弓社)。