スポーツと地域

岡山ってアウトドア天国じゃない?

 北海道?沖縄?長野?……雑誌やテレビで取り上げられるアウトドアフィールドは、名の知れた県外の海や山ばかり。岡山はアウトドア適地ではない?そんなことはありません。3000㍍級の山々もサンゴの海もありませんが、北から南まで結構魅力的なフィールドにあふれています。交通の結節点であることも大きな利点。今回は我が町岡山のアウトドアフィールドを改めて見直そうというお話しです。

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 「はぁ、はぁ、はぁ……」。耳に入ってくるのはヘルメットの中で響く自分の吐息と「ザク、ザク」というスキーが雪を踏みしめる音だけ。白い斜面を1人ぽつんと上っていく。不思議と孤独感はなく、感覚はむしろ研ぎ澄まされる。頂上に着き、今来た道を見下ろしながら大きく深呼吸する。谷底に向けてドロップ。重力に引きずられて速度を上げるスキー。ターンを切る。足元から立ち上った雪煙が火照ったほおにひんやりと触れる。遠心力に耐えながら自然の中に解き放たれた体が歓喜の声を上げている。

岡山・鳥取県境にある牧場。バックカントリースキー初心者には絶好のフィールドで、近くのスキー場からリフト1本でたどり着ける。

  

 この日は早朝から岡山県北のスキー場に足を運んだ。リフトが動く前だというのにレンタルハウス前には長蛇の列。ゲレンデで滑るのをあきらめ、スキー板を装着するとそのまま裏山へと分け入った。

 今年は雪が多い。周辺の積雪はゆうに1㍍を超えている。午前5時に海辺の家を出て車で2時間北へ走るとそこは雪国だ。県南に住んでいる多くの人にとってそんな認識はあまりないだろうが、岡山県北の山あいは積雪2㍍以上の豪雪地帯。だから真庭市蒜山地域では大正末期の1923年には近隣に先駆けてスキーが導入されることになった。レルヒ中佐が本格的なアルペンスキーを日本に伝えてまだ十年やそこらだから、全国的にも相当、先駆的な試みだったろう。 今年1月の山陽新聞がそのころの蒜山の子どもたちの様子をコラムで取り上げている。〈それまで敵のように嫌っていた雪を「毎日空を仰いでこいねがった」〉――。ただただひたすらに楽しむというスポーツの本質が、凍える雪の山村に光をもたらした歴史的事実がある。

天気がいい日は大山まではっきりと見通せる

 今や西日本有数のスノーリゾートとなった大山をスキー場として開拓し始めたのも岡山のスキー愛好家たちだったという。現在、県内には6つのスキー場やスノーパークが営業し、県内外から多くの愛好者を集めているほか、地元にとっては雪に閉ざされ農業ができない冬季の貴重な生業の場にもなっている。

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 10年ほど前のことだ。当時、県北に勤務していた僕のところにある町の町長から相談があった。地元の自然とスポーツを活用して観光誘致や町民の健康増進につなげたいという。町長はそのためのアイデアを求めていた。

僕は当時、地元の滝がお気に入りでよく通っていた。厳冬期には、巨大なつららがぶら下がり大きな獣が歯をむき出しにしたような姿に変わる。その絶景を狙って毎朝出勤前に往復5、6㌔の雪道をスキーやスノーシューを履いて登り、満足のいく写真が撮れればそれを毎年新聞記事として発表していた。(今では冬の登山者が絶えない人気スポットになった)スノーモービルとスキーを乗り継いで雪に閉ざされた県立森林公園のルポを書いたこともある。そういう活動が町長の目に留まったのかもしれない。

毎年「大寒」のころになると、巨大なつららがベールのように垂れ下がった。
通称「裏見の滝」。滝の裏側の岩屋は氷の宮殿のようになる
巨大なつららは上と下から少しずつ成長する

 地元ではすでにダム湖を活用したカヤック体験が行われていた。だから僕は町内の山々を縦横に走る林道の活用を提案し、当時盛り上がり始めていたトレイルランニングを使った各地の活性化事例を資料にまとめて提出した。「トレランは若者やアスリート向けで激しすぎる」と一旦難色を示されたが、スポーツフィールドとして日常的に人が山に入るようになれば、山林の維持管理にも役立つという意見には賛同してくれた。その後数年掛けて人形峠から「花の山」として知られる伯州山をつなぐ全長約9㌔の高清水トレイルが完成。当初は整備が〝行き届きすぎ〟たため、登山愛好家からは批判の声も上がったが、今では初心者でも気軽に楽しめるハイキングコースとして訪れる人の数が増えているようだ。

「高清水トレイル」は季節を問わず、ハイキングの入門コースに最適だ

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 南北に細長い日本は、世界でもまれなアウトドアスポーツ環境に恵まれている。東日本では、標高1千㍍級の山でも欧米の3千㍍級に行かないと味わえないような極上のパウダースノーに巡り会える。約3分の2を誇る森林率は世界2位。ぐるりと取り囲む海には約7千の島があり、世界のシーカヤッカーにとって日本は憧れの場所だ。沖縄県西表島周辺は、世界で最も美しく、生物多様性に富んだサンゴの海とされる。寒い地域のスポーツと温かい地域のスポーツを日帰りで楽しめるのは日本ぐらいだろう。

 

笠岡市の白石島から見た瀬戸内の多島美

 そんな世界1級のアウトドア好適地の中で、岡山の存在感はどうか。新型コロナウイルス禍で移動がままならなくなり、僕も地元に目を向ける機会が以前より増えた。だから、という訳ではないが、岡山にも全国的な知名度はないが、なかなかに魅力的なフィールドがたくさんある。

 山だけではなく、海もまた良い。

 「船が向きを変えるたびに魅するように美しい島々の眺めが現れ、島や岩島の間に見えかくれする本州と四国の海岸の景色は驚くばかり」。オランダ東インド会社オランダ商館付きの医師として1823年に長崎出島に赴任したシーボルトは、瀬戸内海の景色をこう絶賛したという。岡山にはこのうち、笠岡、直島諸島、牛窓と主に3つのエリアがマリンスポーツには適したエリアで、シーカヤックやSUPがあればこの多島美の庭園を自由自在に周遊できる。

水上からではないと見えない景色もある

 

 玉野市の渋川海岸は昔からヨットやウインドサーフィンの西日本有数のフィールドとして知られているし、最近は海岸を見下ろす王子が岳の奇岩がボルダリングの聖地としても注目されている。

 交通の便の良さもまた、強みかも知れない。実は、岡山空港を利用すると北海道に日帰りでスキーやスノーボードに行ける。朝一の新千歳行きに乗り、札幌市内のスキー場で夕方まで極上のパウダースノーにまみれた後、最終便の岡山行きで帰ってくる。スキー場のシーズンロッカーに道具を預けておけば、体1つで行くことも可能だ。高速道路を使えば、日本海にも太平洋にも3時間でたどり着ける。夏は太平洋、冬は日本海と1年中サーフィンを楽しめる。四国南岸まで足を伸ばせば、スノーケリングでサンゴや色とりどりの熱帯魚に会いに行くこともできる。

温暖化でサンゴの生息域は北上しており、車で見に行ける

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 コロナ禍以降、行きつけのアウトドアショップに行くと「アウトドアスポーツを始めたいという人が増えている」という話をよく聞くようになった。コロナ対策の10万円給付金でフィッシングカヤックが大量に売れた話が業界で話題になり、昨年辺りからは地元海上保安部から事故防止啓発への協力要請が僕のところにも寄せられるようになった。昨今のキャンプブームも含め、比較的感染リスクが少ないアクティビティとしてアウトドアスポーツへの注目が集まっているのは確かだろう。

 それはデータにも表れている。矢野経済研究所の発表によると、2020年度のアウトドア用品・施設・レンタルの市場規模は2954億6700万円。21年度は4%増の3151億8千万円となり、その後も3千億円を超える規模で推移する見込みだという。スポーツまちづくりを考える上では、何とかこの成長を地元にも取り込めないか、と知恵を絞りたくもなる。

雪山で遊ぶには専用の装備が必要になる

 個人的には、アウトドアスポーツの最大の魅力は「場」に宿るものだと思う。「場」には人の手はなるべく入らないか、入ったとしても大げさではない方が好ましい。これは、逆に考えるとスタジアム・アリーナスポーツのような多額の設備投資は不用だということだ。むしろ価値を持つのは「場」に関する情報であり、これはインターネットの普及でだいぶ流通しやすくなったとは言え、多くは各愛好者グループもしくは個人のなかで滞留し(本人たちはそんな気はないにしても)、そのことが新たに参加しようとする人たちの心理的ハードルを高める結果になっている。

 情報の流通を図る1つの方策としては地域に特化したアウトドアスポーツメディアの創設が考えられそうだ。県内で活動する各種愛好者グループがゆるくつながりながらそれぞれの知識、情報を共有し、グループ外の人たちとも共有する。プレーヤー同士が横断的に交流することで、かけがえのない地元のアウトドアスポーツ環境を守り、発展させていく意識を高め合うと同時に、種目の枠を越えた体験会、講習会といったイベントを通じてプレーヤーのすそ野を広げることにもつなげられるだろう。

プレーヤーを増やすにはフィールドに関する情報共有が必要だ

 もう一つ注目したいのは「アウトフィッター」という職種だ。もともとは野外活動に必要な用具を供給する人という意味合いだが、いまではそこにガイド的な要素が加わり、地元の自然環境を熟知し、顧客の要望に合わせ適切な場所やアクティビティをアレンジして提供する人々のことだ。

  物質的な豊かさが飽和状態となるなか、人々の消費傾向が「モノ」から「コト」へ移り変わったと指摘され始めて久しい。アウトフィッターは野外活動が活発な欧米では、一般的な存在だ。日本でも北海道や沖縄、長野県などアウトドアスポーツを積極的に地域活性化に取り入れている地域では多くのアウトフィッターがサービスを提供しているが、岡山ではまだまだ珍しい存在で、一部のアウトドアショップが顧客サービスの一環でガイドを行っている程度に過ぎない。

 

 いま、日本の中山間地や漁村では、地元の商店や飲食店といったスモールビジネスが衰退し、農林漁業に携わる人々の高齢化が進んでいる。同時にこれまでそうした人たちが担い手となっていた環境保全や防災といった生活に身近な地域活動もままならない状況となっていることに地元の危機感は強い。地域の宝である自然と外の人々をつなぐコーディネーター役の地付きのアウトフィッターは、住民にとってなくてはならない地域活動の新たな担い手にもなる可能性は高い。

 岡山のアウトドアスポーツフィールドの魅力は、まだまだ開拓し尽くされてはいない。人づくり、まちづくりを絡めた岡山のアウトドアスポーツ環境の将来像を模索する。アフターコロナを見据えた今こそその好機なのではないか。

 ちなみに、県境を少し北にまたいだ氷ノ山周辺の山々ではゴールデンウイーク前後までスキーが楽しめる。シーズンはまだまだこれからだ。